孔子は、「学ばずに独自に創作する者もいるかもしれないが、私はそうではない」と明言する。
彼は、多くのことを聞き、見て、その中から善きものを選び、心に留め、行動に移すことこそが正しいと考えた。
孔子の学びの姿勢は、無から何かを生み出す“天才”のような型ではなく、謙虚に積み重ね、選び取り、自分の血肉にしていく“努力の人”の型である。
そしてそれは、普通の人が目指すべき誠実な生き方として、今も私たちに示されている。
原文・ふりがな付き引用
子(し)曰(い)わく、蓋(けだ)し、知らずして之(これ)を作(つく)る者(もの)有(あ)らん。我(われ)は是(これ)無(な)きなり。
多(おお)くを聞(き)き、其(そ)の善(よ)き者(もの)を択(えら)びて之に従(したが)い、多(おお)くを見(み)て之を識(し)すは、知(し)るの次(つぎ)なり。
注釈
- 知らずして之を作る者 … 教わらずに独力で物事を成す人。先天的な才能のある人とも取れる。
- 我是れ無きなり … 自分はそのような者ではない、という謙虚な自己認識。
- 多くを聞き、善き者を択ぶ … 情報を受け入れつつ、自らの判断でよいものを選ぶ力を大切にしている。
- 多くを見て之を識す … 見たものを記憶し、学びとして蓄積すること。
- 知るの次なり … これは完全な「知」ではないが、それに準じる、尊い方法であるという意味。
1. 原文
子曰、蓋有不知而作之者、我無是也。多聞擇其善者而從之、多見而識之、知之次也。
2. 書き下し文
子(し)曰(い)わく、蓋(けだ)し、知らずして之(これ)を作(な)す者有(あ)らん。
我(われ)は是(これ)無(な)きなり。多(おお)くを聞(き)き、其(そ)の善(よ)き者を択(えら)びて之に従(したが)い、
多くを見(み)て之を識(し)るは、知(し)るの次(じ)なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「蓋し、知らずして之を作す者有らん」
→ 世の中には、よく分からないまま物事を始めてしまう者もいるだろう。 - 「我は是れ無きなり」
→ だが、私はそういうことはしない。 - 「多くを聞き、其の善き者を択びて之に従い」
→ 私は多くのことを耳にし、その中から善いものだけを選んで従う。 - 「多くを見て之を識すは、知るの次なり」
→ また、多くのことを見て記憶・理解することは、“知る”ことの次の段階にある。
4. 用語解説
- 蓋(けだ)し:文頭の語。推測や婉曲な断定を表す。「おそらく」「世には…があろう」
- 作す(なす):実行する、行動に移す。
- 多聞(たぶん):多くを聞くこと。見識の広さを示す。
- 択びて従う:選別し、良いものだけを実行に移す。
- 識(し)す:見て記憶し理解すること。「見る」+「学ぶ」の複合。
- 知の次(じ)なり:完全な理解=「知」に至る前段階。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言いました:
「世の中には、よく知らないままに物事を始めてしまう人もいるだろう。だが、私はそのようなことはしない。
私は多くの話を聞き、その中から善いことだけを選んで行い、また多くのことを見て覚える。
見聞し記憶することは、“真に知る”ことの次に位置するものである。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子の**「知識・行動・判断」に対する厳格かつ誠実な態度**を示しています。
- 無知で行動するのではなく、十分に調べ、選び、確かめたうえで実行すべきという実践的知性。
- 「見て記憶する」ことは大切だが、“それを吟味し、活かす”ことが真の知となるという教育的姿勢。
- 孔子は「多聞多見」ではなく、“選び取る力”と“誠実な実践”こそが知識の本質であると教えています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
■「無知のまま動くな──準備と選択が成果を決める」
──思いつきや感覚で動くのではなく、情報収集と選択判断がリーダーの資質を決める。
■「情報過多の時代には“選び抜く力”がカギ」
──インプットばかりに頼らず、何を捨て、何を実行するかの“判断力”が知性である。
■「記憶ではなく、判断と実践で知識を活かせ」
──“知っている”と“できる”は違う。行動につながる知識こそが、組織に価値をもたらす。
■「リーダーは“知る前に動かない”冷静さを持て」
──衝動的行動ではなく、見て聞いて考えてから選び、着実に実行する姿勢が、信頼を生む。
8. ビジネス用心得タイトル
「知り、選び、動く──“誠実な知性”が結果を変える」
この章句は、リーダーシップ判断・情報活用・教育設計・意思決定プロセスなどに広く応用可能な原理です。
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