ある日、孟子は斉の王に謁見し、こう語った。
「王様の領内で、大きな都市を治める五人の大夫を私は知っていますが、自分の責任と罪を自覚しているのは、孔距心だけです」と。
それだけ言って、孟子は孔距心とのやり取りを静かに語り聞かせた。すると、王はその話を聞いたうえでこう言った。
**「それはすべて、私の罪である」**と。
孟子はこのやり方で、王を直接責めることなく、巧みに“責任の所在”を王自身に悟らせている。
これは、孟子がしばしば用いる間接的な批判の手法であり、相手の自発的な気づきを促す高度な対話術でもある。
本章の核心は、「人を責めるのではなく、自ら考えさせ、納得させる」ことで真の反省と行動を引き出すことにある。
真正の教育とは、押しつけではなく、自発的な理解と決断を導くことだ――それが孟子の一貫した態度である。
原文(ふりがな付き引用)
他日(たじつ)、王(おう)に見(まみ)えて曰(い)わく、
王(おう)の都(と)を為(つかさど)る者(もの)、臣(しん)、五人(ごにん)を知(し)れり。
其(そ)の罪(つみ)を知(し)る者(もの)は、惟(た)だ孔距心(こうきょしん)のみ。
王(おう)の為(ため)に之(これ)を誦(しょう)す。
王(おう)曰(い)わく、此(こ)れ則(すなわ)ち寡人(かじん)の罪(つみ)なり。
注釈(簡潔な語句解説)
- 都(と)を為る者:王の支配領域の中で、大きな都市を治める地方長官。
- 誦(しょう)す:暗記して語る。ここでは、先日の孔距心との対話内容を王に語ること。
- 寡人(かじん):王が自らをへりくだって呼ぶ言葉。「徳の乏しい者」の意。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
- leadership-through-awareness(気づきから始まる統治)
- responsibility-through-reflection(反省を通じた責任自覚)
- gentle-truth-is-powerful(やわらかな真実は強い)
この節は、孟子の「教え導く」力の真骨頂を示す場面です。
責めることなく、語ることで相手に責任を悟らせ、変化を促す――現代のリーダーシップ、教育、対話にも通じる普遍的な智慧が凝縮されています。
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