―『貞観政要』巻五より:長孫皇后の気高き遺言
🧭 心得
己のために、法を曲げるな。
貞観年間、長孫皇后が重い病に伏したとき、皇太子は彼女の病気平癒を願って、囚人の恩赦と仏門への出家供養を上奏しようと申し出た。
しかし、皇后は毅然とこれを拒絶し、**「いのちは天命、恩赦は国家の大事。私のような一人の女のために、天下の秩序を乱してはならぬ」**と答えた。
この一言に込められたのは、私情に流されず、公(おおやけ)を重んじる皇后の覚悟と、統治理念に寄り添う強い気骨である。
心弱る病床にあってもなお、**「法を乱してまで得る命に価値はない」**という信念を貫いたその姿は、まさに貞観政道の体現といえる。
🏛 出典と原文
長孫皇后、病にかかり、次第に危篤となる。
皇太子、皇后に言って曰く:
「医薬は尽くしましたが、容体はなお回復しません。今、父帝に上奏して、囚人を赦し、人々を仏門に入れば、天の福祐を受けるかもしれません」。
皇后、これに答えて曰く:
「生死は天命によるもので、人の力で変えられるものではありません。
もし福行によって寿命が延びるならば、私は日頃より悪をなしたことはありません。
善を行っても効き目がないのなら、何の福を求めるというのですか。
そもそも恩赦は国の大事であり、仏教の儀式もまた、皇帝が異域に対して徳を示すものです。
陛下は常に、仏教が政治に混乱をもたらすことを警戒されています。
私のような一人の女の命のために、天下の法を乱すことなどできましょうか。
あなたの言には従えません」。
🗣 現代語訳(要約)
病床の長孫皇后は、皇太子からの「恩赦と仏事で寿命を延ばしたい」との申し出を拒み、「死は天命、法は国家の根幹。私情で乱してはならぬ」と毅然と語った。個人の命より、天下の秩序を守ることを選んだ姿勢に、国母としての気高さが表れている。
📘 注釈と解説
- 恩赦(おんしゃ):皇帝の権限による刑罰の免除。即位や吉祥事の際に出されるが、私的利用は統治上危険とされる。
- 度人入仏(どにんにゅうぶつ):仏教への出家供養を行うことで、徳を積んで加護を得ようとする儀式的行為。
- 「死生有命」:生死はすべて天命によるという儒教思想の基本。
- 「一人にして法を乱すな」:『貞観政要』全体を貫く精神。個人のために公を曲げてはならないという君主制・官僚制の核心理念。
🔗 パーマリンク案(英語スラッグ)
law-over-life
(主スラッグ)- 補足案:
no-pardon-for-personal-gain
/honor-before-healing
/imperial-integrity
長孫皇后の言葉は、貞観の治を支えたもう一つの柱、「后の徳」の象徴でもあります。
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