—私情と礼法の混同は、政を乱す第一歩
越王李泰は太宗の寵愛を受けていた。ある者が「高官たちは越王を軽んじている」と讒言し、太宗は激怒し大臣たちを叱責した。だが、魏徴はそれに対して毅然と反論する。
「礼においては、親王であっても天子の臣下と同列である」「諸侯が家臣を公卿に取り立てない限り、親王の家臣は下士にすぎない」とし、
「親王といえども、法と制度の中にあるべきで、誤った行動には正すべき理由がある」と説いた。
太宗は魏徴の理に心から納得し、私情に基づいた自らの過ちを恥じ、大臣らに誤りを正さなかった責を問い、魏徴には絹千疋を褒美として与えた。
原文(ふりがな付き引用)
「然(しか)れども礼(れい)に在(あ)りては、臣(しん)と子(し)とは一例(いちれい)なり。
『春秋公羊伝(しゅんじゅうくようでん)』に曰(いわ)く、王人(おうじん)卑(ひく)しと雖(いえど)も、列(れつ)を諸侯(しょこう)の上(うえ)にす。
諸侯(しょこう)これを用(もち)いて公(こう)と為(な)せば、すなわちこれ公。卿(けい)と為(な)せば、すなわちこれ卿。
若(も)し公卿(こうけい)と為(な)さざれば、すなわち諸侯(しょこう)の下士(かし)なり。
…
君(きみ)と為(な)って言(げん)を為(な)すに、何(いか)んぞ容易(ようい)なるべけんや」
注釈
- 親王(しんのう):皇帝の息子。古代中国では「王」とも称され、しばしば政治に関与。
- 公卿(こうけい):三品以上の高位官職。国家運営の中枢にあたる。
- 王人(おうじん):親王に仕える者、または親王自身。
- 礼と法:個人の感情ではなく、制度・秩序・官制に基づいて君臣の関係を律するもの。
- 春秋公羊伝:儒教的な礼の典拠とされる古典。
教訓の核心
- 国家の統治において、皇子といえども礼と制度の枠内で評価されるべきである。
- 君主の「私情」は、国家の「大法」に優先されてはならない。
- 君主が軽率に言葉を発すれば、政道を誤らせ、誤解と混乱を生む。
- 諫言は、権威に対する対立ではなく、真の秩序を守るための勇気ある行動である。
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