一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第一より)
若き内に立身して御用に立つは、のうぢなきものなり。
五十ばかりより、そろそろ仕上げたるがよきなり。
その内は諸人の目に立身遅きと思ふほどなるが、のうぢあるなり。
また身上崩しても、志ある者は私曲の事にてこれなきゆゑ、早く直るなり。
現代語訳(逐語)
- 若いうちに出世して重用されるのは、器量に乏しい証拠であることが多い。
- 五十歳前後になってから、徐々に実を結ぶのが理想である。
- それまでは、周囲から「出世が遅い」と思われるくらいでちょうど良い。そうした者こそ、本物の器量を持っている。
- また、失敗しても、志ある者は不正なことを考えず、すぐに立ち直ることができる。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
立身(りっしん) | 出世すること。社会的な地位を得ること。 |
のうぢなきもの | 器の小さい者、深みや重みのない人間。軽薄な人物という意味合い。 |
志ある者 | 明確な信念・目的を持つ者。信念を根にして生きる人。 |
私曲(しきょく) | 私利私欲に基づく不正な考えや行動。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
若くして出世する者は、往々にして器の浅さが露呈し、長続きしないことが多い。
五十歳前後になってから徐々に認められていく方が、人物としての深みも伴い、確かなものになる。
出世が遅いように見える者こそ、真に大成する器量を備えている。
また、志のある者は一時の失敗があっても私利私欲に走らず、すぐに立ち直ることができる。
四、解釈と現代的意義
この章では、「早咲きの花は散りやすい」という真理を背景に、**“成熟の時を待つ生き方”**が奨励されています。
特に注目すべきは以下の点です:
- 「早く立身していること=優れている」とは限らない。
- 遅く花開く人間こそ、中身が伴っている証拠。
- 重要なのは“出世の速さ”ではなく、“志の深さ”である。
- 志ある者は、不運や失敗に対しても折れず、真っ直ぐに立ち戻る力を持つ。
つまり、焦らず、腐らず、己を磨き続ける人間こそ、最終的に信頼される存在になるということです。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
昇進設計とタイミング | 昇進や評価は“早さ”よりも“準備の熟成度”が重要。若くして任されるより、実力が伴ってからの登用が理想。 |
自己キャリア戦略 | 「周りより遅れている」と焦るのではなく、「いまは仕込みの時期」と捉えて着実に実力を蓄積する。 |
組織の人材育成 | 若手のスピード昇進ばかりを奨励せず、志と軸を持った人物の“底力”を見極めて支援する。 |
失敗と回復力 | 志がある者は、不遇や転落も自己を正す糧とする。見せかけの実力者は、逆境で折れる。 |
六、補足:真の「成熟」とは何か
常朝は、この章において“成果を焦るな”と戒める一方で、**「立ち戻る力=志」**の重要性を強調します。
これは単なる遅咲き礼賛ではなく、
- 出世は急くものではなく、得るもの
- 失敗は終わりではなく、志が試される時
という人生観を説いています。
“志”があれば、たとえ脱線しても道は戻せるのです。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- 早すぎる成功は、深みを育てる時間を奪う。
- 周囲が遅いと思う道のりにこそ、本質が育まれる。
- 志を持てば、失敗しても、決して倒れない。
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