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進むばかりが勇気ではない――退く備えもまた賢明である

何かを始めるとき、進むだけでなく「退く判断」ができるかどうかが、その後の運命を分ける。

前に進もうとする際には、**「もし問題があれば一歩退く」**という余地を持っておけば、
角を垣根に突っ込み動けなくなった雄羊のように、立ち往生する禍(わざわい)を免れることができる。

また、何かに手をつけるときには、**「これは引くべき時かもしれない」**という考えを常に持っていれば、
虎の背に乗って突っ走り、もはや降りられなくなってしまう――そんな「騎虎(きこ)の勢い」の危険を回避できる。

進む知恵と同じくらい、退く勇気と決断も、人生には必要である。
成功とは「押し通す力」だけでなく、「見切る力」にもかかっている。


引用(ふりがな付き)

歩(ほ)を進(すす)むる処(ところ)、便(すなわ)ち歩(ほ)を退(しりぞ)くを思(おも)わば、庶(こいねが)わくは藩(はん)に触(ふ)るるの禍(わざわ)いを免(まぬが)れん。
手(て)を着(つ)くるの時(とき)、先(ま)ず手(て)を放(はな)つを図(はか)らば、纔(わず)かに虎(とら)に騎(の)るの危(あや)きを脱(のが)れん。


注釈

  • 藩に触る(はんにふる):羊が垣根に角を突っ込んで抜け出せなくなるように、進みすぎて後戻りできない状況を指す。
  • 騎虎の勢い(きこのいきおい):虎に乗ったが最後、途中で降りられず、進むしかない状態。勢いに乗りすぎて後に引けない危険な状況。
  • 庶わくは(こいねがわくは):願わくは、できることなら。
  • 纔かに(わずかに):ようやく、かろうじて。

関連思想と補足

  • 『菜根譚』前集43条にも「勢いで突き進む危うさと、退く判断の大切さ」が説かれており、本項と対を成している。
  • 「見切り千両」「三十六計逃げるに如かず」など、東洋思想には「撤退の美学」が色濃く息づいている。
  • 現代のビジネスや投資においても、「撤退基準を事前に持つこと」は非常に重要なリスクマネジメント手法とされている。
目次

原文:

步處、便思退步、庶免觸藩之禍。
着手時、先圖放手、纔脫騎虎之危。


書き下し文:

歩を進むる処、すなわち退くを思わば、庶(こいねが)わくは藩(はん)に触るるの禍いを免れん。
手を着くる時、まず手を放つを図らば、わずかに虎に騎るの危きを脱れん。


現代語訳(逐語/一文ずつ):

  • 「歩を進むる処、すなわち退くを思わば、庶わくは藩に触るるの禍いを免れん」
     → 一歩前に出ようとする時には、いつでも引き返せるかを考えておくことで、障害(=藩)にぶつかって被害を受けるような事態を避けることができるだろう。
  • 「手を着くる時、まず手を放つを図らば、わずかに虎に騎るの危きを脱れん」
     → 何かを始めようとする時には、あらかじめそれをやめるための準備も考えておけば、「虎に乗って降りられない」ような危険な状況を回避できるだろう。

用語解説:

  • 退步(たいほ):一歩退くこと、または撤退する準備。慎重な後退。
  • 觸藩(しょくはん):藩=垣根や障害物にぶつかること。ここでは災難・危険を暗示。
  • 着手(ちゃくしゅ):物事を始めること。行動の開始。
  • 放手(ほうしゅ):手を離すこと。やめる・断ち切るという意味。
  • 騎虎之危(きこのあやうき):「虎に乗って途中で降りられない」状況。始めたことがやめられず、危険が増す例え。

全体の現代語訳(まとめ):

何かを始めるときは、常に「退く手段」も考えておくべきである。そうすれば、無用な災難に巻き込まれずに済む。
また、行動を起こすときには、あらかじめ「手を引く準備」も整えておくべきだ。そうすれば、途中で抜けられなくなるような危険な事態を回避することができる。


解釈と現代的意義:

この章句は、「慎始(しんし)と善後(ぜんご)」──始める前の撤退戦略の重要性を説いています。

1. “進むときこそ、退路を確保せよ”

  • 熱中する前に「引き際」を見極める用意を持つ。
    → 勢いや感情に任せて前に出ると、後戻りできない罠に陥る。

2. “始めるなら、やめられる設計を”

  • 無計画に手を出した結果、途中で降りられず損失を膨らませることがある。
    → 「虎に乗る前に、どう降りるか」を考えるのが賢者の備え。

3. リスク管理と柔軟性を重視する態度

  • 勇敢な行動には、常に冷静な“離脱戦略”が伴うべき。
    → 「勝ち戦を仕組むには、負けの準備も必要」。

ビジネスにおける解釈と適用:

1. 新規プロジェクトに“撤退条件”を

  • 事業開始時に「どこまで進んだら中止するか」という基準を明確にする。
    → 撤退の想定があるからこそ、安心して進める。

2. 「出口戦略」はすべての企画に必要

  • 新製品・業務提携・採用も、「やめ方」が設計されていなければ負債になる。
    → “エントリーの熱意”と同じくらい“エグジットの知恵”が重要。

3. リーダーの“勇気ある撤退”が組織を守る

  • 続けることが損失を拡大すると判断したら、即座に撤退を決断するリーダーシップ。
    → 感情より論理、執着より柔軟性。

ビジネス用心得タイトル:

「始めるなら、やめる道も準備せよ──進退自在が勝利の条件」


この章句は、勢いに任せて物事を始めがちな現代において、非常に実践的な教訓です。

「始めることの勇気」と同時に、「やめることの知恵」を持つことで、
進退に迷わず、被害を最小限にとどめ、次に備える柔軟な人生・経営が可能になります。

この“進退の設計思想”は、戦略的思考の原点とも言えるものです。


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