――満足を知る者こそ、真の豊かさを得る
孔子は、衛(えい)の公子荊(こうしけい)を評して、「善く家に居る者」――つまり、自分の暮らしを上手に整え、満ち足りて生きる人物だと賞賛した。
家を持ったばかりで財産が乏しい頃、公子荊は「まあまあ形にはなった」と満足し、
少し財産が増えれば「どうにか整ってきた」と喜び、
裕福になってからも「これはなかなか立派だ」と、過不足なく満ちた心で語った。
彼の言葉には、決して強欲や見栄がない。
その時々の状態を素直に受け入れ、「今あるものを喜ぶ」姿勢がにじむ。
孔子はその謙虚さと足るを知る態度をこそ、善い生き方と見なしたのである。
原文とふりがな付き引用:
「子(し)、衛(えい)の公子荊(こうしけい)を謂(い)う。善(よ)く室(しつ)に居(お)る、と。
始(はじ)めて有(ゆう)るや曰(いわ)く、『苟(こう)くも合(がっ)せり』と。
少(すこ)しく有れば曰く、『苟くも完(かん)し』と。
富有(ふゆう)なれば曰く、『苟くも美(び)なり』と。」
注釈:
- 公子荊(こうしけい) … 衛の国の有力者(大夫)。孔子が高く評価した人物の一人。
- 室に居る(しつにおる) … 家を構えて暮らすこと。家庭生活を整える意。
- 苟(こう)くも … 「まあまあ」「なかなか」といった程よい評価。過度な自慢や卑下のない、自然な感想。
- 合せり/完し/美なり … 形が整った、満ち足りた、美しく立派だ、という段階的な満足の表現。
1. 原文
子謂衞公子荊、善居室。始有曰、苟合矣。少有曰、苟完矣。富有曰、苟美矣。
2. 書き下し文
子(し)、衛(えい)の公子荊(こうしけい)を謂(い)いて曰(いわ)く、室(しつ)に居(お)ること善(よ)し、と。
始めて有(ゆう)れば曰く、「苟(いやしく)も合(がっ)せり」と。
少(すこ)しく有れば曰く、「苟くも完(まっと)うせり」と。
富(と)み有れば曰く、「苟くも美(び)なり」と。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ)
- 「子、衛の公子荊を謂う。善く室に居る、と」
→ 孔子は、衛の公子荊についてこう言った。「住まい方が立派である(住空間に対する心構えが素晴らしい)」 - 「始めて有れば曰く、苟くも合せり」
→ 「住み始めにわずかに物が揃った段階では、『とにかく暮らせるようになった』と言った。」 - 「少しく有れば曰く、苟くも完し」
→ 「もう少し整えば、『とりあえず必要なものは揃った』と言った。」 - 「富有なれば曰く、苟くも美なり」
→ 「十分に豊かになったときにも、『一応見栄えが整った』と言った。」
4. 用語解説
- 衛(えい):春秋時代の諸侯国の一つ。孔子が亡命先として滞在したこともある。
- 公子荊(こうしけい):衛の国の王族であり、孔子が評価した節度ある人物。
- 室に居る:住まう、生活空間に身を置くこと。ここでは住居の持ち方・使い方・態度を含む。
- 苟くも(いやしくも):かろうじて、なんとか、つつましくも。
- 合・完・美:
- 合:間に合わせる、生活できる最小限の体裁。
- 完:必要なものがそろい一応整っている状態。
- 美:見た目や内容が美的に完成された状態。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は、衛の公子荊についてこう語った:
「彼の住まい方は見事である。
住み始めた頃には『とにかく形になった』と慎ましく言い、
少し整えば『とりあえず整った』と控えめに言い、
豊かになっても『一応きれいに整った』と表現した。
彼は常に慎み深く、自分の暮らしを誇ることがなかった。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「謙虚さ」「分をわきまえる心」「慎みある自己評価」**を称賛するものです。
- 公子荊は、生活が質素なときにも不満を漏らさず、
豊かになっても慢心せず、「一応」「とりあえず」「なんとか」と控えめに表現し続けました。 - 孔子はその姿勢を「善く室に居る」と称えています。つまり、暮らし方の美徳=人間性の美徳として見ていたのです。
これは物質的な豊かさではなく、心のあり方における品格・バランス感覚・節度を重んじる儒教的価値観の表れでもあります。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「成果を自慢せず、控えめに語る姿勢が信頼を生む」
どれだけ成果を上げても、「まだまだです」と謙虚に語る人ほど、周囲の共感と信頼を得やすい。 - 「成長段階に応じた“節度ある評価”が組織の品格を高める」
開発中のプロジェクトやサービスに対し、「完璧」と謳わず、「今は形になった段階です」と正直に伝える姿勢が、長期的な信用を得る。 - 「過程を尊重し、足るを知ることが精神的安定を生む」
“もっともっと”と追い求めるだけでは心が疲弊する。状況に応じて「今はこれで十分」と肯定する態度が、持続的成長の基盤となる。 - 「リーダーは“今の自分”に驕らず、成長余地を意識すべし」
高評価や昇進を得た後でも、「まだまだ半人前です」と語れる謙虚さが、真のリーダーとしての器量を示す。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「足るを知り、慎みに生きる──“控えめな品格”が信頼を築く」
この章句は、「真に豊かな人物とは、常に謙虚で、過不足なく現実を受け止める人である」ことを静かに教えてくれます。
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