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人を育てるには、今どこにいるかを見極めること

孟子は、教え子・**楽正子(がくせいし)**について尋ねられたとき、彼の徳の水準を明快に評価した。
彼は善人であり、信人である。だが、さらに上の美・大・聖・神の域にはまだ至っていない」と述べた。

このやりとりで孟子が示したのは、人間の徳の段階的な成長のモデルであり、六段階で表されている。


六段階の徳の成長ステージ

  1. 善(ぜん)
     誰もが「こうありたい」と望む姿。理想とされる徳の姿
  2. 信(しん)
     その善を自分自身のものとして体現している状態。内面に善が備わっている。
  3. 美(び)
     徳がさらに充実し、内に整って美しい状態
  4. 大(だい)
     その美が外に光り輝き、人を感化しはじめる段階
  5. 聖(せい)
     人々を深く感化し、社会に大きな影響を及ぼすほどの徳の体現者
  6. 神(しん)
     その行動や働きが人知を超え、説明できないほどに自然で深遠な境地。神聖な領域。

孟子は、楽正子が「善」と「信」には確かに到達しているが、さらなる充実と他者への影響力を持つ“美”以上の段階には至っていないと見ている。
これは、単に評価を下すのではなく、指導者が教え子の現在地を的確に理解し、次に何を目指すべきかを知っているということでもある。

つまり、「人を育てる」とはその人の**現在地を見極めたうえで、無理なく導いていくための基盤である“観察眼”と“認識力”を持つこと」**だと孟子は教えている。


引用(ふりがな付き)

「浩生不害(こうせいふがい)問(と)うて曰(いわ)く、楽正子(がくせいし)は何人(なんぴと)ぞや。
孟子(もうし)曰(いわ)く、善人(ぜんにん)なり、信人(しんにん)なり。
何(なに)をか善(ぜん)と謂(い)い、何をか信(しん)と謂う。
曰く、欲(ほっ)すべき之(これ)を善と謂い、諸(これ)を己(おのれ)に有(ゆう)する、之を信と謂う。
充実(じゅうじつ)せる、之を美(び)と謂い、充実して光輝(こうき)有る、之を大(だい)と謂い、大にして之を化(か)する、之を聖(せい)と謂い、聖にして之を知(し)るべからざる、之を神(しん)と謂う。
楽正子は二の中、四の下なり」


注釈

  • 善人…理想的な徳を志す者。
  • 信人…その徳を内に実現している者。
  • 二の中、四の下…善・信の段階にはあるが、美・大・聖・神の四段階には至らないという意味。
目次

1. 原文

浩生不害問曰、樂正子何人也。
孟子曰、善人也、信人也。
何謂善、何謂信。
曰、可欲之謂善、有諸己之謂信、充實之謂美、充實而有光輝之謂大、大而化之之謂聖、聖而不可知之之謂神。
樂正子二之中、四之下也。


2. 書き下し文

浩生不害(こうせいふがい)問(と)うて曰(いわ)く、楽正子(がくせいし)は何人(なんびと)ぞや。
孟子(もうし)曰く、善人(ぜんにん)なり、信人(しんにん)なり。
何(なに)をか善(ぜん)と謂(い)い、何をか信(しん)と謂う。
曰く、欲(ほっ)すべきもの、之(これ)を善と謂い、諸(これ)を己(おのれ)に有(たも)つ、之を信と謂う。
充実(じゅうじつ)せる、之を美(び)と謂い、充実して光輝(こうき)有(あ)る、之を大(だい)と謂う。
大にして之を化(か)する、之を聖(せい)と謂い、聖にして之を知(し)るべからざる、之を神(しん)と謂う。
楽正子は二の中、四の下なり。


3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)

  • 浩生不害問曰、楽正子何人也
     → 浩生不害が尋ねた。「楽正子とはどんな人物ですか?」
  • 孟子曰、善人也、信人也
     → 孟子は答えた。「善き人であり、誠実な人である。」
  • 何謂善、何謂信
     → 「善とは何か? 信とは何か?」
  • 曰、可欲之謂善、有諸己之謂信
     → 孟子は言った。「人が望ましいと思うもの、それを“善”と呼ぶ。
     それを自分の内に備えていることを“信”と呼ぶ。」
  • 充実之謂美、充実而有光輝之謂大
     → 「中身が充実していることを“美”と呼び、さらにそれが外に光を放つと“大”となる。」
  • 大而化之之謂聖、聖而不可知之之謂神
     → 「“大”が周囲に良き影響を与えるようになると、それは“聖”であり、
     その“聖”が人知を超えた存在になると、“神”と呼ばれる。」
  • 楽正子二の中、四の下也
     → 「楽正子は七段階あるうちの上から二番目の“信”の中位、
     四番目の“美”の下位に位置する人物である。」

4. 用語解説

  • 浩生不害(こうせいふがい):孟子の弟子の一人とされる人物。
  • 楽正子(がくせいし):孟子の門下の高弟。品行方正で知られる。
  • 可欲(かよく):人が欲するに値するもの。望ましい徳や価値。
  • 諸己(これをおのれに有す):徳や資質を自分の内面に備えていること。
  • 充実:内面の豊かさ、真の実力・内容。
  • 光輝:内なる充実が外に現れ、輝きとなるさま。
  • 化(か)す:周囲に善影響を及ぼし、変化させる力。
  • 神(しん):聖人を超えて、理解できないほどの存在。神秘性・超越性。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

浩生不害が孟子に尋ねた。
「楽正子とはどんな人物ですか?」

孟子は答えた。
「彼は善人であり、信(まこと)の人である。」

「善とは何か? 信とは何か?」

「人が望むべきものを“善”といい、それを実際に自分の中に持っていることを“信”という。
その徳が充実していれば“美”と呼び、さらにそれが光を放てば“大”。
“大”が周囲に良い影響を与えられるようになると“聖”となり、
“聖”が人知を超える存在になると、それを“神”という。
楽正子はその中で、“信”の中ほど、“美”の手前に位置する人物である。」


6. 解釈と現代的意義

孟子はこの章で、人間の道徳的成熟と影響力の発展段階を明快に示しています。

  • 「善」=他人から見て望ましい徳
  • 「信」=その徳を内面に備えている状態
  • 「美」=中身の豊かさ
  • 「大」=内なる豊かさが外にまで現れること
  • 「聖」=周囲に良い影響を与える力
  • 「神」=理解を超える偉大な存在

これらは単なる徳目の羅列ではなく、成長と発展のステップなのです。

楽正子は“善い人”からさらに一歩進んだ“信”の人であり、“美”の域に届こうとしている人物──つまり、人格の内面化と実践の段階にある人物として評価されているのです。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

「評価される“善”より、自ら備える“信”を目指す」

  • 善は“人から望ましいと思われる状態”、信は“それを自分の中に持っていること”。
  • 信頼されるリーダーとは、表面的なふるまいよりも、内面にある徳の蓄積によって生まれる。

「充実が光を放つ──“影響力の正体”」

  • 成熟した人格は自然に周囲に影響を与える。
     それが“美”から“大”への進化。
  • 意識して人を変えようとしなくても、真の影響力は人格の充実から生まれる

「聖から神へ──超越した存在を目指すわけではないが…」

  • 組織における理想像として、“神”のような存在を模倣する必要はない。
     しかし、“善→信→美→大”という発展段階を意識することで、信頼・尊敬・影響力の循環を作ることができる。

8. ビジネス用の心得タイトル

「信頼は“内に徳あり”から──人は“信”の段階から光り出す」


この章句は、人格の成熟は内面から外へ、そして周囲へと広がるプロセスであることを丁寧に教えてくれます。


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