建設機械メーカーで従業員が千人規模の企業から、新商品の相談が持ち込まれた。その商品はなんと新型のブランコだった。社長はその特徴について熱心に語り続ける。これこれがポイントだ、と詳細を繰り返し強調し、まだ発売前にもかかわらず成功を確信している様子が見て取れた。
「どうやって売るつもりなのか」と問いかけたところ、返ってきた答えは「問屋に流すだけ」というものだった。問屋に話を持ち込んで、果たして受け入れられるのか、その可能性すら全く考慮していない。ただ受け入れられるのが当然だと信じ込んでいるのだ。これこそ「天動説」と言えるだろう。そんな様子を見て、私は「やめたほうがいい」と短く告げるにとどめた。
従業員400人規模のM社が持ち込んだ新商品候補は「回転式植木鉢台」だった。なんとも律儀なことに、ショールームの陳列ケースには試作品がしっかりと展示されていた。
すでに原価計算まで済ませており、これこれの売価で月産これこれ、利益がこれだけ出る見込みだと自信満々だ。だが、試作を終えたばかりの段階で、すでに「とらぬ狸の皮算用」を始めている。
こういった例に出くわすたび、社長と少し話をしただけで早々に嫌気が差してしまう。理由は簡単だ。成功の可能性が百%あるわけでもないのに、社長はすでに成功を確信しきっているからだ。この手の話をまとめて、私は「王様のアイディア」と呼んでいる。ここでいう王様とは、消費者のことだ。消費者が自分の生活体験に基づいて思いついたアイディアをそのまま新商品に仕立てたものを指している。
この手の新商品がどんなものかは、東京駅八重洲地下街にある「王様のアイディアコーナー」を覗けば一目瞭然だ。陳列されている商品のほとんどが「家庭用品」で占められている。それもそのはず、これらはすべて王様=消費者の生活体験から生まれたものだからだ。
それ以上のものは何もない。並んでいる商品は、既存の生活用品にほんの少しだけ新しい機能を付け加えただけのものがほとんどだ。革新的と言えるような要素は見当たらない。
このような商品を新商品として採用するのは誤りだ。家庭用品を主力としている企業であれば「商品構成の充実」という意義があるだろうが、それ以外の企業にとっては、全く新しい業界への進出を意味する。そして、その新しい業界とは、日用品雑貨という低収益で知られる分野なのだ。
なぜ低収益なのかと言えば、この業界の商品は資本も技術も設備もほとんど必要としないからだ。さらに、この業界では特許(パテント)の概念がほぼ無意味だ。特許侵害を承知で製品を作る業者が後を絶たない。仮に裁判沙汰になったとしても、決着がつくまでに一年や二年はかかる。その間に市場で荒稼ぎして撤退する、いわば“喰い逃げ”が横行する戦国時代のような業界なのである。
こんな業界に乗り出したところで、失敗すればすべてが水泡に帰すだけだ。仮に成功したとしても、その成功が甘い蜜のように見えて、蟻が群がるように業者が一気に参入してくる。そして、あっという間に市場が食い荒らされ、結局は低収益の泥沼に引きずり込まれるのがオチである。
以上の理由から、「王様のアイディア」と称される商品は、日用品雑貨を本業とする会社以外にとっては、高収益どころか、まともな利益すら見込めない商品であることを理解しておくべきだ。
一方で、従業員の提案が大成功をもたらしたという話も存在する。真偽のほどは定かではないが、たとえば味の素のふりかけビンの穴を大きくしたのは、従業員の提案だったという話がある。
この成功の理由は二つある。ひとつは、味の素のふりかけビンという商品自体が、生活体験の中に根ざした存在であったこと。もうひとつは、その改良が本来の事業領域内で生まれた新しい考案であり、成功に必要な条件が揃っていたことだ。こうした条件があったからこそ実現した成功であり、もし他業界の会社が同じようなアイディアを考案しても、それが実を結ぶことはまず考えられない。
ここで一つ強調しておきたいのは、会社の将来の事業を社員に考えさせるという社長の姿勢自体が、根本的に間違っているという点だ。
会社の将来を左右する事業は、社長自身がその責任を引き受け、自らの努力で生み出すべきものだ。それが正しい態度というより、むしろ当たり前のことである。新商品や新事業の開発は、他の誰でもない、社長自身が担うべき責任なのだ。
「王様のアイディア」に注意せよ ― 消費者視点だけでの新商品が招く危険
新商品の開発において、消費者の視点に基づく発想は一見魅力的に見えるものの、実際には大きなリスクを伴います。これを「王様のアイディア」と呼びますが、これらは往々にして会社の本来の事業とは異なる分野で、家庭用品や日用品雑貨のような低収益業界に偏りがちです。以下では、この「王様のアイディア」に基づく商品開発が抱える問題点と、新事業を社長自らが主導する必要性について掘り下げます。
1. 「王様のアイディア」とは何か?
「王様のアイディア」とは、消費者としての生活体験から生まれた新商品のことです。例えば、一般的な家庭用品に小さな機能を追加するなどの発想が該当します。このような商品は一見魅力的に思えますが、マーケットにとって革新性が乏しく、他社が簡単に模倣できるため、収益性の低い戦国市場に陥りがちです。
2. 日用品雑貨業界のリスク
日用品雑貨は、資本も技術も設備もあまり必要としない分野であり、競争が激しく、収益率も低い傾向にあります。新商品がいくら成功しても、多くの競合他社がすぐに参入し、価格競争や模倣が起こりやすいため、利益率の確保が難しくなります。特に、本来の日用品メーカーではない企業にとって、この分野は短期間で収益を失うリスクが高く、事業としての安定性を欠いています。
3. 社内の提案による成功例とその限界
「王様のアイディア」が成功する例として、味の素の「ふりかけビンの穴を大きくする」という提案が挙げられます。しかし、これは味の素の従業員の提案であるからこそ価値があったものです。なぜなら、これは本来の事業である食品業界内での工夫であり、日用品とは異なる領域で、かつ既存商品に対する新しい改善策だったからです。他業界での模倣や新規参入のリスクが低いため、社内で生まれたアイディアが収益をもたらしやすかったのです。
4. 社員任せにしない ― 社長が主導するべき新商品・新事業
将来の事業を社員に任せてしまう社長の姿勢には、大きなリスクがあります。新商品の開発や新規事業の立ち上げは、会社の将来に直結する重大な判断です。社長自身が市場を分析し、競合や自社の強みを考慮して戦略を練るべきで、社長が自らの責任で決定し、推進することが不可欠です。社員に任せてしまうと、アイディアだけに依存した失敗しやすい新事業が生まれる可能性が高まります。
5. 消費者発想だけでは成功しない
「王様のアイディア」に偏ると、消費者の発想に頼るだけで終わり、会社としての戦略や市場の需要を踏まえた判断が欠けてしまいます。新商品開発には、消費者目線に加えて、長期的な視点での収益性や市場の競争環境を見極める視点が必要です。社長自らが市場の動向を把握し、戦略的な意識をもって事業を展開する姿勢が成功への鍵となります。
結論
「王様のアイディア」に基づく新商品は、一見消費者に魅力的に映っても、競争の激しい低収益市場に参入するリスクが大きく、また、本来の事業とは異なる分野に踏み込むことで事業の安定性を損ねかねません。新商品や新事業の開発は、社長が自らの責任で市場を分析し、戦略的に進めるべき領域です。社員任せにするのではなく、社長が未来の収益を築くための明確なビジョンをもって取り組むことが、長期的な事業の成長につながります。
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