一、原文と逐語訳
原文(聞書第十一)
病気永引き候へば、気草臥れ、大病になるものなり。斯様の病人は、気を引立て候事肝要に候。
祈疇願力にて奇特などこれある時、きほひ出来申し候。
常々法号真言など唱へさせ候へば、気転じ病気を忘るるものなり。
軍書の内勇勢の所、櫨鞍橋など、ひろひ候て読み聞かせ候へば、ふと心に乗り、引上ぐる気質出来、本復するものなり。
現代語訳(逐語)
病気が長引くと、気が弱り、かえって重病になるものだ。こうした病人には、気持ちを引き立てることが大切である。
祈祷や願掛けによって少しでも不思議な効き目が現れれば、それだけで気が湧いてくる。
日ごろから仏の名号や真言などを唱えさせると、気分が転じて病のことを忘れるものである。
戦記物の勇ましい場面や、禅書『臆鞍橋』などを読んで聞かせれば、ふと心が乗って気分が上向きになり、快方へ向かうことがある。
二、用語解説
用語 | 意味・補足 |
---|---|
気草臥れ(けそうがれ) | 気力が疲れ果てること。気落ち。 |
祈疇・願力 | 祈祷や神仏への祈願の効き目、神仏の加護。 |
法号・真言 | 仏教の名号(南無阿弥陀仏など)や、密教の呪文。 |
『臆鞍橋』(おくあんきょう) | 禅の公案集とされる。難解だが心に刺激を与える。 |
軍書の勇勢 | 『太平記』『平家物語』などの戦記文学に出てくる勇ましい場面。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
病が長引くと、気力まで失われ、病状が悪化しやすい。
そのため、病人には気を奮い立たせる工夫が重要である。
祈祷や願掛け、仏の名号・真言の唱和など、心を安定させる行為は回復の力を引き出す。
さらには、勇ましい物語や禅の教えを通して、心に刺激を与えることで、気分が上向き、快方に向かう力が芽生える。
四、解釈と現代的意義
この章句は、現代でいうところの「プラシーボ効果」「ナラティブセラピー」「気持ちの切り替えによる免疫力向上」と通じています。
- 病は気からという言葉通り、気力を保つことが身体の快復に影響する。
- 精神状態が免疫力や自然治癒力に直結することを、『葉隠』は江戸時代の感性で見抜いていた。
- 心の中に“生きる物語”を持ち、勇気ある言葉・教えに触れることが、最良の治療になる場合がある。
五、ビジネスにおける解釈と応用
項目 | 解釈・応用例 |
---|---|
心のケアとリーダーシップ | 落ち込んでいる部下には「励まし」よりも、「気を高める言葉」や「希望を与えるストーリー」が効く。 |
組織のメンタルヘルス | 不安や病気を抱える人への対応は、「理屈」よりも「心を動かす語りかけ」が鍵。 |
モチベーション管理 | 気を失わせるのは小さな不安の積み重ね。逆に気を蘇らせるのは“些細なきっかけ”や“共感”。 |
チーム支援文化 | 回復への支援とは「助ける」ことではなく、「本人の気を立ち上がらせること」である。 |
六、まとめ:この章句が教えるメッセージ
- 気力の衰えが病気を深刻化させる。
- 小さな祈り、言葉、物語が「気」の火種を蘇らせる。
- 医療や看護だけでなく、心を支える術が人を治す。
- “気”の力を侮らず、人に寄り添う言葉と姿勢を忘れないこと。
目次
🔚現代への置き換え:
「気を奮わせる一言が、薬より効くこともある」――人を癒すとは、心に灯をともすこと。
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