―『貞観政要』巻三より
🧭 心得
法を超えた義により、人の上に立つ者は己を慎まねばならない。
張蘊古の死刑と「大宝の箴」は、君主がいかに怒りを抑え、慎重に権力を行使すべきかを深く示している。太宗は、一時の感情により法に照らせば死刑に該当しない張蘊古を処刑してしまい、のちに深く悔やんだ。これを機に、死刑の執行には皇帝の命令があっても五度の確認を経る制度が定められた。
また、張蘊古が生前に献上した『大宝の箴』は、君主の徳、節制、慎独、慈愛、そして公平な政の要を説いた名文として後世に伝えられ、太宗自身も深く感銘を受けた。
🏛 出典と要点整理
■ 張蘊古事件
- 背景:精神疾患のある李好徳を「裁けぬ」と判断し太宗に報告 → 太宗は寛大に処すことを承諾。
- 不祥事:張蘊古はその決定を囚人に漏らし、博打を共にする → 弾劾され、太宗の命で即時処刑。
- 太宗の反省:「法に照らせば死罪には当たらなかった」「誰も諫言せず、制度の不備で冤罪を生んだ」→ 死刑の五奏制(五度の奏上確認)を制定。
- 制度改正:
- 死刑は必ず門下省での再審と情状酌量の報告を要す。
- 死刑執行は即断不可、慎重な合議を通す。
■ 『大宝の箴』の核心思想
- 天子の難しさと責任:「民を救い、徳をもって治めよ。天下は天子一人のためにあるのではない」
- 節度と自省:贅沢・色欲・快楽・誇りを慎み、「耳目を塞いでも、無言の声と無形の形を察する心」を持て。
- 礼と徳による統治:「政治は言葉と行動で示すもの」「公平無私であれば民は自然に従う」
- 模範的な古君主の例:
- 夏禹:質素で礼を尽くす
- 魏文帝:臣の諫めに耳を傾ける
- 漢高祖:寛容な器量
- 周文王:慎み深く治める
- 天子の理想像:
- 「衡(はかり)や石のように、公平な基準となる」
- 「水や鏡のように、万物を映し出す存在」
- 「清濁をわきまえ、柔らかくも鋭くもあるべし」
- 「無言で治まり、人民が自然と安らぐ政治が理想」
- 忠誠と進言の責務:「争臣(諫臣)は君主の誤りを正すために存在する」
→ 張蘊古の最期が訴えるのは、**「君主の独断を防ぐのは、諫言の制度と誠実な補佐官」**であるということ。
📘 注釈と補足
- 五奏制:死刑判決・執行に至るまで、皇帝への再確認を五度繰り返す制度。
- 律の限界と情理の重要性:法文だけに拠って断罪せず、人間の心情や状況に応じた判断が求められる。
- 箴(しん):君主や人の上に立つ者への戒めや格言、忠告文。
- 張蘊古の昇進:『大宝の箴』を太宗が賞賛し、絹三百疋を賜い、大理寺丞に任じられた(処刑はその後の背信行為による)。
🔗 パーマリンク案(英語スラッグ)
justice-tempered-with-mercy
(主スラッグ)- 補足案:
no-death-without-deliberation
/wisdom-in-the-weighing
/mirror-of-a-ruler
/true-power-through-restraint
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