孔子は、「訴訟を審理し判決を下すことは自分にもできる」としながらも、本当に目指すのは「訴訟そのものが存在しない社会」を築くことだと語った。人が争わずに済むような道徳と秩序のある世を志す、それが孔子の政治観の核心である。
解説
この章句は、孔子が語った政治と倫理の究極の理想像を端的に表現しています。
現実的な対応として、争いごと=「訴訟(うったえ)」を裁くことは必要です。孔子自身も「私も人並みに訴訟を裁くことはできる」と述べています。
しかし、その上で強調されるのは次の言葉:
「必ずや、訟え無からしめんか」
(争いごとそのものを、この世からなくしたいのだ)
孔子の理想は、単にうまくトラブルを処理することではなく、そもそもトラブルが起きない社会=人が互いを敬い、道理に従って生きる秩序ある社会の実現でした。
これは、法律や裁判による統治を最終手段とし、道徳と教育によって社会を整えるという儒家政治哲学の真髄でもあります。
この視点は現代にも通じ、企業や組織運営においても「トラブルの火消し」ではなく、「未然に防ぐ風土づくり」が重要だという教訓を与えてくれます。
この章句は、「問題解決者」であることに満足せず、「問題そのものを生まない仕組み」を目指す姿勢の重要性を説いています。
孔子のこの言葉には、“争いを治める技”よりも、“争いのない徳”を大切にするという志が込められています。
原文
子曰、聽訟吾猶人也。必也使無訟乎。
書き下し文
子(し)曰(いわ)く、訟(うった)えを聴(き)くは、吾(われ)は猶(なお)人(ひと)のごときなり。
必(かなら)ずや、訟え無(な)からしめんか。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「訴えを聴くのは、自分も他の人と同じに過ぎない」
→ 裁判(訴訟)を処理することに関しては、自分(孔子)と他人に大差はない。 - 「大事なのは、そもそも訴訟が起きないようにすることだ」
→ 真に優れた政治とは、人々の間に訴訟が起きないような社会を築くことにある。
用語解説
- 聽訟(ちょうしょう):訴訟を審理すること。裁判で争いの訴えを聞くこと。
- 吾猶人也(われなおひとのごとし):自分もまた他人と同じような者に過ぎない、という謙遜の表現。
- 使無訟(むねかしむ):訴訟を起こさせないようにすること。予防的な統治。
全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言った:
「訴訟を裁くことなど、私も他の人と変わらない。
それよりも、そもそも人々が訴訟を起こさずに済むような社会を作ることが重要なのだ。」
解釈と現代的意義
この章句は、**「治めること」と「未然に防ぐこと」**の違いに光を当てています。
- “問題解決”より“問題予防”が真の政治・経営
→ トラブルが起きてから裁くより、起こらないように制度・文化を整えるのが上策。 - リーダーの本領は「裁く力」ではなく「育てる力」
→ 紛争を裁くことに秀でるのではなく、そもそも紛争が起こらぬような「徳・制度・教育」によって導くのが理想。 - 謙遜と高い統治観をあわせ持つ孔子の姿勢
→ 自分の能力を誇るのではなく、「どうあるべきか」という理想に立脚したリーダー像を示している。
ビジネスにおける解釈と適用
(1)「トラブル対処型」から「トラブル予防型」へ
- クレーム対応のスキルより、クレームが発生しないしくみ作りが本質的改善。
→ “未然防止”こそ経営の徳。
(2)「制度と文化で争いを減らす」
- 人事評価・報酬制度・業務ルールの明確化により、「誤解」や「不公平感」による社内対立を防ぐ。
→ “公正さの設計”が平和な組織の鍵。
(3)「リーダーは“裁定者”ではなく“秩序の創造者”」
- 問題が起きてから判断を下すのではなく、問題が起こらぬような環境を築くマネジメントが求められる。
まとめ
「裁くな、整えよ──争いなき組織が理想の証」
この章句は、現代の経営やリーダーシップにも深く通じる真理を語っています。
「優れたリーダー」とは、問題にうまく対応する者ではなく、問題そのものが起こらぬように道筋をつけられる者です。
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