境界を正し、役割を尊重せよ。社会は分担で成り立つ
文公が孟子の教えに従い、土地制度の改革(助法導入)を進めようとしたとき、家臣の畢戦を孟子のもとに遣わし、井田法について問わせた。
孟子は言った。
「あなたの君主は、仁政を志し、あなたにその実行を託している。だからこそ、あなたは誠心をもって努力せねばならない」
仁政の第一歩は、土地の境界(経界)を正しく定めることから始まる。
境界が不明瞭であれば、井田制の公平性が損なわれ、収穫物や俸禄の配分に不平が生じる。
これこそ、暴君や腐敗役人が狙う「混乱の起点」であり、正しく境界を定めれば、あとは「居ながらにして」制度が整っていく。
さらに孟子は、人の役割分担の尊重についても語る。
「国は小さくとも、君子となる者、野人となる者がいる。
君子なければ野人を治める者がなく、野人なければ君子を養う者がいない」
つまり、統治する者と支える者のどちらも不可欠であり、互いに生かし合う関係であるということ。
これが社会の本質であり、役割の上下ではなく、相補の構造として捉える視点が示されている。
最後に孟子は、助法と徹法の併用による柔軟な税制運用を勧める。
- 郊外の田では 九分の一(九一)で助法(労働による税)
- 城内では 十分の一(什一)で徹法(収穫による税)
民が自ら納め、自らの手で生きられる仕組みこそ、仁政の体現である。
引用(ふりがな付き)
無(な)くんば君子(くんし)莫(な)くして野人(やじん)を治(おさ)むること莫(な)く、無(な)くんば野人(やじん)莫(な)くして君子(くんし)を養(やしな)うこと莫(な)し。
請(こ)う野(や)には九一(きゅういち)にして助(じょ)し、国中(こくちゅう)は什一(じゅういち)にして自(みずか)ら賦(ふ)せしめん。
簡単な注釈
- 井田法(せいでんほう):中国古代の土地制度。田畑を井字状に区画して耕作し、中央の一区画を共同耕作(税用)とする。
- 助法・徹法:助は労働を提供して税とする仕組み、徹は収穫の一部を差し出す方法。
- 君子と野人:政治を担う知識人と農作業を担う庶民。上下ではなく、機能分担の関係。
- 坐して定む:仕組みが整えば、無理をせずとも社会がうまく回ることのたとえ。
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この節は、孟子が「制度整備」「税制」「社会構造」のバランスを通じて、仁政の具体像を描き出した実践的な章です。
1. 原文
使畢戰問井地。孟子曰:「子之君,將行仁政,擇而使子,子必勉之。
夫仁政必自經界始。經界不正,井地不均,穀祿不平。是故暴君汙吏,必慢其經界。
經界既正,分田制祿,可坐而定也。
夫壤地褊小,將為君子焉,將為野人焉。無君子莫治野人,無野人莫養君子。
請野九一而助,國中什一,使自賦。」
2. 書き下し文
畢戦(ひつせん)をして井地(せいち)を問わしむ。孟子曰(いわ)く、
「子(なんじ)の君、将に仁政を行わんとし、選(えら)びて子を使む。子、必ずこれを勉(つと)めよ。
夫(そ)れ仁政は、必ず経界(けいかい)より始まる。経界正しからざれば、井地均しからず。穀禄(こくろく)平ならず。
是の故に、暴君・汙吏(うり)は、必ずその経界を慢(みだ)りにす。
経界既に正しければ、田を分かち禄を制すること、坐して定むべきなり。
夫れ壌地(じょうち)は褊小(へんしょう)なれど、将た君子たらんか、将た野人たらんか。
君子無くんば、野人を治むること莫(な)く、野人無くんば、君子を養うこと莫し。
請う、野は九が一にして助し、国中は什が一にして自ら賦(ふ)せしめん。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「使畢戦問井地」
→ 畢戦が派遣されて、井田制(土地制度)について孟子に尋ねた。 - 「子之君,將行仁政,擇而使子,子必勉之」
→ あなたの君主は仁政を行おうとして、あなたを選んで使者にした。だから全力で努めなさい。 - 「夫仁政必自經界始」
→ 仁政は必ず土地の境界(経界)の整備から始めるものだ。 - 「經界不正,井地不均,穀祿不平」
→ 経界が乱れていれば、井田も均等にならず、穀物収入や俸禄も不公平になる。 - 「暴君汙吏,必慢其經界」
→ 暴君や汚職官吏は、必ずこの境界を乱して人民を搾取する。 - 「經界既正,分田制祿,可坐而定也」
→ 境界が正しく定まっていれば、田地の配分や俸禄制度も机上で整然と決定できる。 - 「壤地褊小,將為君子焉,將為野人焉」
→ 土地は狭くとも、その地に住む者は君子になるか、野人になるかは教育と制度しだいだ。 - 「無君子莫治野人,無野人莫養君子」
→ 君子がいなければ野人を教化できず、野人がいなければ君子は食っていけない。 - 「請野九一而助,國中什一,使自賦」
→ 郊外の農村は収穫の10分の1のうち9を農民に、1を国家に納め、
都市部では10分の1の納税とし、自主的な課税方式を導入すべきである。
4. 用語解説
- 井地(せいち)・井田制:9つの私田と中央の1つの公田からなる土地制度。
- 経界(けいかい):土地の境界線。農民の土地権利・税負担の基準となる。
- 穀禄(こくろく):収穫物や給与(特に公務員に対する)。
- 暴君・汙吏:不正を働く君主・官僚。
- 壌地褊小(じょうちへんしょう):土地が狭く資源が限られている状態。
- 君子・野人:教養のあるリーダー的存在と、教化されていない庶民。
- 助(じょ):助成税制。一定の割合を徴収し、社会を支える。
- 自ら賦す:自主申告課税制度のようなもの。納税者にある程度の裁量を与える方式。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
畢戦が井田制度について孟子に問うた。孟子はこう答えた:
「あなたの君主は仁政を実施しようとしており、あなたを選んで使者にした。だから必ず尽力せよ。
仁政は、まず土地の境界(経界)の整理から始めるものだ。境界が乱れていれば、井田の均等性は崩れ、俸禄や税制度にも不公平が生じる。
だから暴君や腐敗官僚は、境界を乱すことによって搾取しやすくしているのだ。
だが、一度境界を正せば、土地の分配も税制度も落ち着いて座って決められるようになる。
土地が狭くても、そこに住む人は“君子”にも“野人”にもなりうる。
君子がいなければ民衆は導けず、民衆(野人)がいなければ君子は生きていけない。社会は相互依存なのだ。
だから、農村部では9割を農民に残し1割を納める助成制度を、
都市部では10分の1の納税を自主申告制で行わせるのがよい。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、仁政=制度整備の実践であることを明確に説いています。
- 善政の出発点は「境界線の明確化」=ルールの可視化
仁政は理念ではなく、「公正な仕組み」から始まる。 - 支配と教育の二層構造ではなく“共生社会”を想定
君子と野人の関係は上下ではなく“相互扶助”である。これは現代社会の「共創的経営」に通じる。 - 地域・役割に応じた税制度の設計
農村と都市で異なる課税方式をとることにより、柔軟で公平な運営が可能になる。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「制度の整備なくして、組織の倫理は機能しない」
- 組織で仁徳的マネジメントを行いたいなら、まずは評価制度やルールの“経界”を整えることから始めよ。
- 境界が曖昧なままでは、成果・報酬・責任の不均衡が生まれる。
「リーダーと現場は共生関係」
- マネジメント(君子)と現場社員(野人)は、一方が欠ければ組織は成り立たない。
- リーダーが偉いのではない。現場が支えてこそリーダーの存在価値がある。
「部門・地域・職種別に制度を柔軟に設計せよ」
- 一律の評価や給与でなく、働き方・貢献度・所属に応じた柔軟な“助”や“賦”が必要。
- 地方拠点や育児中社員など、事情に応じた設計が“持続可能な仁政”の核となる。
8. ビジネス用心得タイトル
「仁政は制度から──公正な仕組みが信頼を育てる」
この章句は、「道徳的な政治や組織運営とは、仕組みの設計と実行力から始まる」ことを、現実的に教えてくれる孟子の名言です。
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