孔子のもとに、「評判の悪い村(互郷)」から、ある童子(子ども)が教えを乞いに訪れた。
その村は「話すに値しない」とまで言われていた場所であり、門人たちはその子を受け入れてよいか迷った。
しかし孔子は言った――
「人が前に進もうとしているならば、それを受け入れ、助けるべきだ。
過去や出身、評判にこだわり、成長の芽を摘んではならない。
人は自分を改め、向上しようとしている。その意志に敬意を払い、共に歩むのが私たちのするべきことだ」と。
この教えは、人を“変われる存在”として信じる孔子の深い教育哲学に根ざしている。
原文・ふりがな付き引用
互郷(ごきょう)は与(とも)に言(い)い難(がた)し。童子(どうじ)、見(まみ)えんとす。門人(もんじん)惑(まど)う。
子(し)曰(い)わく、其(そ)の進(すす)むに与(く)し、其の退(しりぞ)くに与せざるなり。唯(た)だ何(なん)ぞ甚(はなは)だしきや。
人(ひと)、己(おのれ)を潔(いさぎよ)くして以(もっ)て進(すす)まば、其の潔(いさぎよ)きに与(く)せん。其の往(すぎ)しを保(たも)せざるなり。
注釈
- 互郷(ごきょう) … 評判の悪い村、俗に「話すに値しない」とされた地域。
- 童子見えんとす … その村の少年が孔子に教えを乞うために来た。
- 進むに与し、退くに与せず … 向上の意志を持っている者を支え、後ろ向きな態度には与しないという姿勢。
- 己を潔くして以て進まば … 自分を省みて誠実に生きようとする者は、それを認めて受け入れる。
- 往を保せざるなり … 過去にこだわって人を判断しないという意味。
1. 原文
互鄕難與言。童子見、門人惑。子曰、與其進也、不與其退也、唯何甚、人潔己以進、與其潔也、不保其往也。
2. 書き下し文
互郷(ごきょう)は与(とも)に言(い)い難(がた)し。童子(どうじ)、見(まみ)えんとす。門人(もんじん)惑(まど)う。
子(し)曰(い)わく、其(そ)の進(すす)むに与(くみ)し、其の退(しりぞ)くに与せざるなり。唯(た)だ何(なん)ぞ甚(はなは)だしきや。
人(ひと)、己(おのれ)を潔(きよ)くして以(もっ)て進(すす)まば、其の潔(きよ)きに与(くみ)せん。其の往(ゆ)くを保(たも)たざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「互郷は与に言い難し」
→ 互郷の人々とは、まともに言葉を交わすのが難しい。 - 「童子、見えんとす。門人惑う」
→ その地の子どもが孔子に会いたいと言ってきたので、弟子たちは困惑した。 - 「子曰く、其の進むに与し、其の退くに与せざるなり」
→ 孔子は言った。「私は彼が前向きに来るのであれば会うが、退くことに対しては関知しない。」 - 「唯だ何ぞ甚だしきや」
→ 「ただ、それをそんなに厳しく考えることもあるまい。」 - 「人、己を潔くして以て進まば、其の潔きに与せん」
→ 「人が自らの心を清らかにして来ようとするならば、その清らかさに私は応じよう。」 - 「其の往を保たざるなり」
→ 「ただし、その人がその心を保ち続けるかどうかまでは保証できない。」
4. 用語解説
- 互郷(ごきょう):人々が理屈を聞かず、対話が成立しにくい土地。孔子がやや苦手とした地域。
- 童子(どうじ):少年、子ども。ここでは真摯に学びたいと孔子に会いに来た若者。
- 与す(くみす):賛同する、応じる、共にする。
- 潔(きよ)し:誠実であること、私心がないこと。
- 保す(たもつ):維持する、守り続けること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
互郷の人々とは、対話することが難しい。
しかし、ある少年が孔子に会いたいと言ってきたので、弟子たちはどう対応すべきか迷った。
孔子はこう言った:
「私は、その子が前向きに来るならば受け入れる。だが、退くことには関わらない。
あまり厳しく考えすぎることはない。
人が心を清らかにして私を訪れるのならば、その清らかさに私は応じる。
ただし、その心が長く保たれるかどうかは分からない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子の**「誠意ある者には門戸を開くが、結果まで保証しない」**という、極めて実践的で柔軟な態度を示しています。
- 誠意を持って学ぼうとする者には、出自や所属に関係なく受け入れる
- だが、その人が将来も同じ姿勢を保ち続けるかは、その人自身の問題であり、こちらは関知しない
- 「来る者拒まず、去る者追わず」の教えとも重なります
7. ビジネスにおける解釈と適用
■「誠意ある者に、立場を問わずチャンスを与える」
──過去や所属で判断せず、“今の姿勢”で人を見る柔軟性が、信頼されるリーダーの条件。
■「成長の入り口は開いてよい、だが“続けるか”はその人次第」
──学びや挑戦の機会は誰にでも与えるべきだが、その成果の持続は本人の覚悟に委ねられる。
■「現時点の誠実さを信じて受け入れる勇気」
──理屈や背景より、相手の“今の清らかさ”に応じる度量が、組織の多様性と活力を生む。
■「厳格すぎる選別は、学びの機会を失う」
──一度の誠意を信じる柔軟さが、人材発掘や育成における成功の鍵になる。
8. ビジネス用心得タイトル
「来る者の誠に応じ、去る者の自由を尊ぶ──清らかさに門を開け」
この章句は、教育・人材育成・リーダーシップ・ダイバーシティ施策において、
**「誠意に対する即応と、持続性に対する非依存」**という非常に現代的な考え方を示しています。
コメント