孟子は、孔子が災難に遭っても節義を保ち、身を寄せる相手を選んだことを例に、
**「人を見るには、その人が誰と付き合うかを見よ」**という古人の知恵を説く。
もし孔子が、本当に腫物医者や宦官に身を寄せていたならば、彼の聖人としての価値など無に等しい――
孟子はそう断言し、人間の品格とは、交友・依頼先によって如実に表れるという洞察を述べている。
原文と読み下し
孔子(こうし)、魯(ろ)・衛(えい)に悦(よろこ)ばれず。
宋(そう)の桓司馬(かんしば)、将(まさ)に要(よう)して之(これ)を殺さんとす。
微(び)して(※)宋を過(よ)ぐ。是の時、孔子、阨(あく)に当たれり。司城貞子(しじょうていし)、陳侯(ちんこう)周の臣と為(な)る。之を主とせり。
吾れ聞く――
「近臣(きんしん)を観(み)るには、其の主と為る所を以(もっ)てす。
遠臣(えんしん)を観るには、其の主とする所を以てす」と。若(も)し孔子にして癰疽(ようそ)と侍人(じじん)瘠環(せきかん)とを主とせば、
何を以て孔子と為さんや。
解釈と要点
- 孔子は魯・衛で政治的に受け入れられず、宋へ向かったが、その途中で命を狙われる事態にまで発展した。
- このような危難の中でも孔子は節を曲げず、陳国で賢臣・司城貞子(しじょうていし)のもとに身を寄せた。
- 孟子は「その人を知るには、誰を主としているかを見よ」という知恵を引いて、人物評価の基準を説く。
- もし孔子が俗説のように卑しい人物(腫物医者や宦官)に頼っていたとすれば、その時点で彼の道義は崩れていることになる。
- 人の価値はその交友関係にこそ如実に現れるという、現代にも通じる見識がここに示されている。
注釈
- 要する(ようする):待ち伏せして殺そうとする意。ここでは宋の桓魋の行為を指す。
- 微して宋を過ぐ:身を低くし、変装して宋の国を通過したこと。危険を回避するための行動。
- 阨に当たる(あくにあたる):困難・災難に直面すること。
- 司城貞子(しじょうていし):当時、陳国で知られた賢者で、孔子が身を寄せた人物。
- 主とする・主と為る:泊まる・身を寄せる・信頼して近づくことを意味する。
パーマリンク(英語スラッグ)
judge-a-man-by-his-company
→「人は付き合う相手でわかる」という核心を直接的に表すスラッグです。
その他の案:
companions-reflect-character
(交友は人柄を映す)true-worth-shown-in-choice
(選ぶ相手にその人の真価が表れる)even-in-hardship-choose-righteously
(苦境にあっても、正しく人を選ぶ)
この章では、孟子が人を見る眼=その人のつながりを見ることを重視し、
孔子の慎ましくも一貫した行動を通じて、礼と義を守るとはどういうことかをあらためて説いています。
1. 原文
コピーする編集する孔子不悅於魯・衞、宋桓司馬將要而殺之、微服而過宋。
是時孔子當阨、司城貞子爲陳候周臣。
吾聞、觀近臣、以其所為主也、觀遠臣、以其所主也。
若孔子主癰疽與侍人瘠環、何以為孔子。
2. 書き下し文
コピーする編集する孔子、魯と衛においては悦ばれず。
宋の桓司馬、将に孔子を要して殺さんとし、孔子は微服して宋を過ぎたり。
このとき、孔子は進退の苦境にあった。
(その後)司城貞子が、陳侯の周を主とすることとなった。
私は聞いている。
近臣を見るには、彼が誰を主としたかで判断し、遠臣を見るには、誰を推挙したかで判断する、と。
もし孔子が、癰疽や侍人瘠環のような人物を主としたのであれば、
どうして孔子を孔子と呼べようか。
3. 現代語訳(逐語)
- 孔子は、魯と衛で用いられることなく、不遇であった。
- 宋では、桓司馬という官が孔子を捕らえて殺そうとしたが、
孔子はそれを避けるために、身分を隠して(微服して)宋を通過した。 - このとき、孔子は極めて困難な状況にあった。
- (その後)陳国の宰相である司城貞子が、陳侯・周を主君として仕えた。
- 「私はこう聞いている。近くに仕える家臣を見るときは、その仕える主君の人柄を見て判断し、
遠くからの使者(あるいは推薦者)については、誰を推薦したかで判断するべきである。」 - 「もし孔子が、癰疽や瘠環といった卑劣な人物を推挙していたなら、
そんな孔子をどうして”孔子”と呼べるだろうか?」
4. 用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
桓司馬(かんしば) | 宋の官吏。孔子の命を狙ったとされる。 |
要(よう)する | 捕らえる、拘束すること。 |
微服 | 身分を隠して旅をすること。危難を避けるための手段。 |
司城貞子 | 陳国の家臣。孔子の推挙や評価の対象として引き合いに出されている。 |
近臣・遠臣 | 宮中に仕える者(近臣)と、外部から来る推薦者(遠臣)。主君の人物でその価値が判断される。 |
癰疽(ようそ)・瘠環(せきかん) | 低劣な人物の代表として名指しされた者たち。孔子が彼らを重んじたという風説を孟子は否定している。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は魯や衛の国で評価されず、宋では命を狙われるなど波乱の中にあった。
孟子は、孔子が決して「義」や「徳」に反する人間を重んじることはなかったと明言し、
「その人の本質は誰を推挙し、誰に仕えたかで分かる」と述べる。
ゆえに、もし孔子が卑劣な人物を重用していたならば、それはもはや「孔子」と呼ぶに値しないという。
6. 解釈と現代的意義
- 人物評価の基準は「誰と関わったか」に現れる
人を見るには、その人がどのような上司や部下を選んだかで見極める、という視点は、
現代の組織論や人事判断にも通じる。 - 理念を持つ者は、困難な状況でも“義”を曲げない
孔子は困窮や危難の中でも、自身の理念を曲げて媚びることをしなかった。
孟子はこの姿勢を高く評価し、現代にも通じる「逆境における信念保持」のモデルとして描く。 - 噂に惑わされず、本質を見抜く力の重要性
孟子は、孔子が癰疽や瘠環のような人物を主としたという「風説」を退け、
人物の評価は行動・人間関係の実態から判断すべきであると示唆する。
7. ビジネスにおける解釈と適用
- 評価制度における“推薦責任”の重み
人材登用や推薦において、推薦者の責任は重く、組織内の信頼にも直結する。 - 逆境で見せる姿が本当の“人物”を示す
困難な状況下でも道を外さず、信念に従って行動する人材は、長期的に評価される。 - 「その人を知るには、その人の信頼関係を見るべし」
部下や同僚、上司など、周囲にどんな人材を置いているかが、その人自身の価値を映し出す。
8. ビジネス用の心得タイトル
「誰を推すかで、人の価値が決まる──推薦と信義の倫理」
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