真剣に物事に取り組み、苦心しながら歩む日々の中には、必ず小さくとも確かな喜びが隠れている。
努力を重ねる中で得られる達成感、困難を乗り越えた後に見える風景、それらは一時の快楽とは比べものにならない深い悦びをもたらしてくれる。
反対に、物事がうまく進んでいるとき、人はつい油断し、傲慢になりがちである。
その「得意のとき」の中には、すでに将来の「失意の種」が潜んでいる。
成功や順調さを喜ぶことは自然だが、それを過信すれば、いずれは失望の痛みへとつながってしまう。
本当の悦びは、楽な道の先にはない。
誠実に悩み、苦しみ、向き合った末にこそ、心の底から湧き上がるものなのだ。
原文とふりがな付き引用
苦心(くしん)の中(なか)に、常(つね)に心(こころ)を悦(よろこ)ばしむるの趣(おもむき)を得(え)たり。
得意(とくい)の時(とき)に、便(すなわ)ち失意(しつい)の悲(かな)しみを生(しょう)ず。
注釈(簡潔に)
- 苦心(くしん):心身を尽くして努力すること。悩みながらも真剣に取り組むこと。
- 悦ばしむるの趣(よろこばしむるのおもむき):心を自然に喜ばせてくれる味わいや感覚。深い充実感。
- 得意(とくい):物事が思い通りに進んでいる状態。順調さや成功。
- 便ち(すなわち):すぐに、あるいはその中にすでに。
- 失意の悲しみ:期待が裏切られたときの落胆。得意の背後に潜む反動。
1. 原文
苦心中、常得悅心之趣。得意時、便生失意之悲。
2. 書き下し文
苦心の中に、常に心を悦(よろこ)ばしむるの趣(おもむき)を得。
得意の時に、便(すなわ)ち失意の悲しみを生ず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳す)
- 苦心中、常得悅心之趣。
→ 苦労して心を砕いているときこそ、しばしば心から湧き上がるような喜びの趣(味わい)を得るものだ。 - 得意時、便生失意之悲。
→ 順調で得意になっている時ほど、思わぬ失意や落胆の悲しみがすぐにやってくるものだ。
4. 用語解説
- 苦心(くしん):努力して心を砕くこと。困難や苦労の中での奮闘。
- 悅心(えつしん)之趣:心が自然に満ち足りるような喜び、味わい。
- 得意(とくい):物事が順調で思い通りになっている状態。成功・満足感。
- 失意(しつい):期待が外れたり、挫折したりして心が沈むこと。
- 便ち(すなわち):すぐに、ただちに。文語的な語感で、因果の転換を表す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
苦労しているときには、かえって心の奥底から湧き上がるような喜びや充実感を得ることが多い。
一方で、順調すぎて得意になっているときほど、そこから転じて失意の悲しみに陥ることもまた多い。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、人生の「裏と表」「喜びと悲しみ」の関係を逆説的に描いています。
- 苦しみの中にある喜び:人は困難に直面したときほど、深い集中、成長、充実感を得られます。努力のプロセスこそが本当の喜びにつながるという逆説。
- 成功の中に潜む危機:順調なときこそ、油断・慢心・無自覚な落とし穴により、逆転して悲しみに変わるリスクがあります。
この章句は、「心の姿勢次第で、苦も楽も転じ得る」ことを教えています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
▪ 苦しいときほど、チームは成長する
目標未達やトラブル対応の最中にこそ、結束・工夫・前向きな挑戦が生まれる。そこに「悦心之趣」が宿る。
▪ 成功は“慢心の罠”をはらむ
プロジェクト成功後の緩みや、評価された直後の安心感が、次の失敗を招く。得意なときこそ、慎重さと謙虚さを忘れずに。
▪ 真の“やりがい”は困難を越える道中にある
苦労の果てに得られた結果以上に、その過程そのものが人を成長させる。成功より「打ち込んだ時間」が人の誇りになる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「苦の中に悦を見いだし、得意の時にこそ慎みを──成功と失敗は隣り合う」
この章句は、日常のビジネスにも深く通じる智慧です。
逆境こそ学びの源泉であり、好調時こそリスクに備えるときであるという「心のリズム」を意識することで、成熟した判断と安定した成果が生まれます。
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