物欲にとらわれて生きると、人はやがてその重さに苦しみ、人生が悲しく感じられるようになる。
しかし、人間本来の清らかな本性に従って、自然に、素直に生きることができれば、
人生は本来、とても楽しく、安らかなものとなる。
なぜ物欲に縛られた人生が悲しいのか――それを深く理解すれば、
欲望はあっけなく消えていく。
そして、なぜ本性に従う生き方が楽しいのか――それに気づいたとき、
人は自然と、聖人のような穏やかな境地にたどり着くことができるのである。
「物欲(ぶつよく)に覊鎖(きさ)すれば、吾(われ)が生(せい)の哀(かな)しむべきを覚(おぼ)ゆ。性真(せいしん)に夷猶(いゆう)すれば、吾が生の楽しむべきを覚ゆ。其(そ)の哀しむべきを知(し)れば、則(すなわ)ち塵情(じんじょう)立(た)ちどころに破(やぶ)れ、其の楽しむべきを知れば、則ち聖境(せいきょう)自(おの)ずから臻(いた)る。」
欲に振り回されるほどに人生は空しくなり、
本来の自分に立ち返るほどに人生は満ちてくる。
幸せは、外ではなく内にある――その真理に気づくことが、悟りの第一歩である。
※注:
- 「覊鎖(きさ)」…とらわれ、しばられること。物欲や執着に縛られる心の状態。
- 「性真(せいしん)」…人間本来の純粋な本性。天賦のままの自然な心。
- 「夷猶(いゆう)」…ためらいや迷いを意味する語だが、ここでは穏やかに身をゆだねる、安らぎの意味を含む。
- 「塵情(じんじょう)」…俗世的な欲望や執着の感情。
- 「臻る(いたる)」…到達する、行き着く。聖人の境地や悟りの状態に自然と到ること。
原文
覊於物欲、覺吾生之可哀。
夷於性眞、覺吾生之可樂。
知其可哀、則塵情立破。
知其可樂、則聖境自臻。
書き下し文
物欲に覊鎖(きさ)すれば、吾が生の哀しむべきを覚ゆ。
性真に夷猶(いゆう)すれば、吾が生の楽しむべきを覚ゆ。
其の哀しむべきを知れば、則ち塵情(じんじょう)立ちどころに破れ、
其の楽しむべきを知れば、則ち聖境(せいきょう)自ずから臻(いた)る。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「物欲に囚われていると、自分の人生がいかに哀しいかがわかるようになる」
→ 欲望に引きずられて生きることが、空虚で惨めな生き方であると気づく。
「真なる本性に従って生きると、自分の人生がいかに楽しいかを実感できる」
→ 本来の自分らしさを尊重して生きると、自然な満足と喜びが湧いてくる。
「その哀しさに気づけば、世俗の欲望や感情はすぐに打ち破られる」
→ 欲望にまみれた状態がいかに空しいか悟れば、執着は自然に消える。
「その楽しさに気づけば、自然と聖なる境地(悟りの境地)に至る」
→ 本性に従って生きる心地よさを知れば、心は自然に高次な精神世界へと導かれる。
用語解説
- 覊鎖(きさ):つなぎとめて束縛すること。ここでは「物欲に心が縛られる状態」。
- 性真(せいしん):本来の純粋な人間性。心の奥にある自然で偽りのない部分。
- 夷猶(いゆう):ゆったりと落ち着いて身を置くこと。
- 塵情(じんじょう):世俗的な感情や欲望。煩悩の表現。
- 聖境(せいきょう):聖なる精神の境地。悟りの心、平静で満ち足りた状態。
- 臻(いた)る:到達する。自然に至る。
全体の現代語訳(まとめ)
物欲に縛られて生きる人生は、哀しく空しいものだと気づかされる。
逆に、本来の純粋な自分に従って生きれば、その人生は楽しく、喜びに満ちている。
その哀しさに目覚めれば、煩悩に満ちた俗世の感情はすぐに破られ、
その楽しさを知れば、自然と心は悟りの境地に導かれる。
解釈と現代的意義
この章句は、**「欲望からの解放」「本来の自己に還ることの幸福」**を明確に語っています。
- 「哀しさの気づき」は、自省から始まる精神的目覚め。
- 「楽しさの実感」は、ありのままの自己肯定感の回復。
欲望を追い続ける生活が実は“哀しき生”であること、
それに対して“自然体でいること”が“楽しい生”であるという価値転換を促す章句です。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「過剰な物質欲・成果主義からの解放」
出世・報酬・権威への執着は、達成の快感と同時に疲弊や虚無を生む。
この章句は“過剰な目標依存”から脱却し、“価値観ベースの仕事”に転換するヒントになります。
2. 「本来の動機に基づいた働き方」
“自分らしさ”や“使命感”に基づいて働くとき、人は最も充実する。
性真に従って働く人材は、モチベーションが安定し、持続性がある。
3. 「内省からのセルフマネジメント」
「なぜ苦しいのか」「なぜ楽しいのか」に自ら気づける人こそ、
自己調整力と高いレジリエンス(回復力)を持つ。この章句はその出発点です。
ビジネス用の心得タイトル
「欲に縛られず、真に還る──“気づき”が心を解放する」
この章句は、現代人が忘れがちな「足るを知る生き方」と「自己との静かな対話」を通して、
外ではなく“内なる自分”にこそ、真の幸福の鍵があることを静かに教えてくれます。
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