F社は板金溶接を手がける加工業者だった。F社長は、多くの加工業者が抱く夢と同様に、自社ブランドの商品を持つことを望んでいた。そこで目をつけたのが、自社が関わりの深いオートバイ業界の中でも「クラクション」という製品だった。
しかし、F社にとってクラクションの製造は全く未知の技術を伴う挑戦だった。そのため、手っ取り早く製品化を進めるには、既存の業者から技術者をスカウトするのが最も効率的だと判断した。こうして某社から技術者を引き抜き、その人物にすべてを一任した。スカウトされた技術者は、設計など考えるまでもない簡単な作業だと判断し、あっさりと図面を仕上げ、そのまま生産工程へ移行した。
ところが、生産を始めてみると、不良率が80%を超える異常事態となり、不良品の山が積み上がった。技術者は不良の原因を突き止めようと試みたが、何カ月経っても解決には至らなかった。結局、原因を振動板の焼入れ工程の不具合に責任転嫁し、自身の責任を回避しようとした。ようやく検査を通過した製品も、納品後にクレームが続出し、ついには顧客から完全に見放される結果となった。
後になって判明したのは、不良の原因が振動板の焼入れ不良ではなかったという事実だ。実際には、ある部品が図面通りに製造されていなかったという、なんとも呆れるような初歩的なミスが根本の原因だった。
結局のところ、問題の本質はその技術者の能力不足にあったと言えるだろう。F社にとっては「運が悪かった」と片づけることもできるが、もし優秀な技術者をスカウトしていたなら、この新商品は成功していた可能性も否定できない。そのような成功例が実際に存在することも事実だ。だが、この結果を運のせいにするだけでは、同じ失敗を繰り返す危険性を残したままだ。
しかし、私が直面した事例では、スカウトに頼ったプロジェクトが失敗に終わるケースの方が圧倒的に多い。以前も述べたが、中小企業の誘いに応じてやってくる技術者には、残念ながら「いわゆる余り物」である場合が多いと考えるべきだ。優秀な人材はすでにその能力を評価され、しかるべき場所で力を発揮しているか、あるいは自ら独立して成功を収めているからである。スカウトという手段は、リスクを伴う選択肢に過ぎない。
だからこそ、スカウトに頼るのはやめた方がいい。だが、それ以上に問題なのは、自社に技術がないことを理由に、安易に外部からのスカウトに期待を寄せる社長自身の姿勢だ。このような考え方は、短期的な解決策に飛びつくばかりで、長期的な成長や技術力の蓄積を阻害する根本的な原因になる。技術力を自社で育てようという覚悟のない経営は、いずれ行き詰まる運命だ。
自らの手を汚さず、苦労もせずに良い結果だけを手軽に得ようとする姿勢では、成功を手にすることなど到底できない。この世の中は、それほど甘くはない。優れた成果を得たいのなら、それ相応の努力と覚悟が求められる。ここで、その努力が実を結んだ好例を紹介しよう。
スター精密は、カメラや時計のネジを専門に製造するメーカーであり、佐藤社長の卓越した経営手腕により、高い収益性と市場占有率を誇る優良企業として知られている。同社の製品は、いずれも市場占有率が30%以上であり、中には80%に達するものもある。
その結果、完成品メーカーにとっては、自社で内製化したくとも需要量が少ないために生産数量がまとまらず、どうしてもスター精密よりもコストが高くなってしまうという状況に陥っていた。この強みこそが、スター精密が市場で圧倒的な競争力を持つ理由だったのである。
スター精密にとって大きな転機となったのが、時計の電子化という技術革新だった。電子化により、時計の構造が大きく変わり、ネジの使用が大幅に削減される見込みが出てきたのである。この状況に直面し、佐藤社長は事業の方向性を見直し、電子業界への進出を決断した。
こういった場合、多くの経営者は外部から専門技術者をスカウトする道を選ぶ。しかし、佐藤社長はその選択を取らなかった。外部頼みではなく、自社の力で新しい分野に挑むという信念を貫いたのである。
佐藤社長が選んだ道は、社内の機械技術者を電子技術者として育成することだった。既存の技術者たちは、電子技術の基礎から学び直すという新たな挑戦に取り組むことになったのである。その過程は決して容易なものではなかったが、粘り強い努力の末に、必要な人数の一人前の電子技術者を育て上げることに成功した。
この社内育成による変革を経て、スター精密は電子製品メーカーとしての地位を確立した。外部に頼らず、自らの力で新たな分野に進出し、革新を遂げた結果である。この成功は、社内の技術者を信じて投資を惜しまなかった佐藤社長の先見性と、社員たちの努力の結晶といえる。
ここに至るまでの道のりは、おそらく外部の人々には想像も及ばないほどの苦労と努力の連続だったに違いない。技術の壁、人材育成の困難、新しい市場への挑戦――これらの数々の障害を乗り越え、見事な革新を成し遂げた佐藤社長の手腕には、ただただ感服するばかりである。その信念と覚悟、そして社内の力を最大限に引き出した経営姿勢こそが、この成功の土台となったのだろう。
スター精密に近い革新、それも電子化への対応を自らの手で成し遂げた企業を、私はいくつか支援してきた。それらの会社が成功を収めた背景には、いずれも社長の卓越した手腕と強い情熱があったからこそだ。革新には時間、費用、そして膨大な忍耐が求められる。それを覚悟し、実行し、やり遂げるかどうかは、最終的には社長自身の決断と行動にかかっていると言えるだろう。
永森電機の永森社長は、アイデアマンとして知られ、自らの発案をいくつも商品化してきた。その考え方は極めて独創的であり、次のように語っている。
「新しいアイデアを考えるとき、うちの設備や技術のことは一切気にしない。そんなことを考えたら、できることが限られてしまうからだ。日本中の会社が自分の下請けだと思う気持ちで、新しい発想に取り組んでいる。」
この姿勢が示す通り、優れた社長は常識にとらわれず、独自の発想と行動で道を切り開く。そしてそこから学べるのは、単なる経営の技術論ではなく、真に価値のある「社長学」の本質だということだ。
このテーマ「専門技術がない、人がいないではダメ」は、企業の持続的な成長には外部に頼るだけではなく、自社内で技術や人材を育成する努力が不可欠であることを教えています。
1. 外部に頼る危険性
- F社の失敗: F社はクラクション製造に挑戦するために技術者を外部からスカウトしましたが、その技術者が実際には力不足で、不良率が高く、顧客からの信用も失いました。この失敗は、スカウトした技術者にすべてを任せることで、十分な技術力を持たないまま事業を進めたことが原因でした。
- スカウトのリスク: 外部からスカウトされる技術者は必ずしも優秀であるとは限りません。優秀な人材は既に他の場で活躍しているか、自身で独立している可能性が高く、安易なスカウトでは高い成果は得られないという教訓があります。
2. 内部育成の重要性
- スター精密の成功例: 佐藤社長は電子化の波に乗るため、外部に頼らず、社内の機械技術者を電子技術者として育成しました。結果的に、スター精密は電子製品分野でも成功し、自ら革新を成し遂げたことにより、高い占有率と収益を保ちました。
- 育成による競争力の向上: 内部育成には時間や費用がかかりますが、自社の文化や価値観を共有した社員を育成することで、専門技術をしっかりと社内に根付かせ、持続的に成長できる基盤を構築します。
3. 成長には社長の覚悟と情熱が不可欠
- 永森電機のアイディア: 永森社長は自社の設備や技術にとらわれず、新しい考案を推し進めて成功を収めました。「会社は下請け」と割り切り、日本中の企業と協力して実現させることで、優れた製品開発を行っています。
- 社長の役割: 社長が覚悟を持ち、長期的な視野で人材育成や技術革新をリードすることで、企業全体が成長していく姿勢を示します。
結論
外部の力に依存することなく、自社で技術を育成し、内部の人材を強化することが長期的な企業の競争力を保つためには必須です。経営者自身が時間と労力をかけて育成に取り組む覚悟が、最終的に企業の成功と革新につながります。
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