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タイミングはよいか

東芝が開発した自動炊飯器は、現在では生活必需品として広く普及しているが、その起源は昭和初期にさかのぼる。当時、この技術は一度世に出されたものの、結果として失敗に終わっている。また、松下ではこれを「電気釜」と名付けた点にも両社の特徴が現れている。東芝が機能性を重視した一方、松下は親しみやすさを前面に押し出したネーミングを採用していた。

当時はまだ、この新しい製品を受け入れるだけの社会的な条件が整っていなかったのだろう。昭和初期の日本は、世界的な恐慌に続く不況の影響を引きずり、貿易赤字に苦しんでいた時代だ。さらに、国民の生活水準は低く、電気そのものが日常に馴染んでいない状況だった。その結果、この画期的な商品も時代にそぐわず、成功には至らなかった。どれだけ優れた商品であっても、外部の状況が成熟していなければ受け入れられないという典型例と言える。

昭和初期に登場した宝石鑑定機も同様に失敗に終わった。当時は、宝石というものが一般の人々にとってまだ遠い存在であり、そのため市場が形成されなかったのだろう。しかし、現在では宝石が大衆に広く浸透し、鑑定機が売れる可能性も十分に考えられる。ただし、成功するかどうかはタイミングだけに左右されるわけではない。性能や価格、販売方法など、多くの要素が絡み合って初めて結果が決まるものだ。結局のところ、実際に市場に出してみなければ、本当に売れるかどうかは分からない。

ビデオテープレコーダー(VTR)は、テレビに続く目玉商品として電子レンジとほぼ同時期に開発されたが、軌道に乗るスピードでは電子レンジが一歩先を行った。VTRが市場で本格的に動き出したのは、ここ2年ほどのことで、昭和52年にはようやく成長期の入口に差しかかったといえる。新商品が成功するタイミングというものは、実際のところ事前に正確に見極めることができるものではなく、後になって初めて判断できるものだ。

まだ発売されていない商品の需要予測をすることなど不可能だ。観念論に浸る者は新商品の需要予測をしろと言うが、それに対しては「馬鹿も休み休み言え」と言いたくなる。実際に、あるメーカーが片手鍋を開発する際、事前に需要調査を試みたことがある。戸別訪問を重ね、主婦たちの意見を丹念に聞き取るという地道な調査だった。

調査結果をまとめてみると、「有意差なし」という結論に達した。つまり、これまでの鍋と比べて特に変わりはない、という評価だった。しかし、実際に商品を発売してみると驚くほどよく売れた。このギャップが生まれる理由は明白だ。主婦たちは片手鍋を使った経験がなかったため、その良し悪しを判断する基準がなく、「良い」とも「悪い」とも答えられなかっただけのことだ。

だからこそ、タイミングの判断は、社長自らが外に出て自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じ取ったことを基にするしかない。さらに、社内外の意見を十分に検討し、「今が適切だ」と思える時期を見極める以外に方法はない。その判断が正しいかどうかは、その時点では誰にも分からない。結局のところ、すべては「売ってみなければ分からない」ということに尽きる。最終的に評価を下すのは市場であり、つまりはお客様自身だからだ。

松下電器が得意とするのは、このお客様の判定を巧みに掴み、タイミング良く商品を市場に投入する手腕だ。これがいわゆる「二番手商法」と呼ばれる戦略である。松下電器は、他社に先駆けて新商品を出すことをほとんどしない。むしろ、他社の商品が市場でどの程度売れるかをじっくり観察し、「いける」と判断した瞬間に一気に商品を投入する。このタイミングの見極めが非常に上手い(電卓のように出遅れる例外もあるが)。新商品というものは発売直後には売上がゆっくりとしか伸びないのが常である。

この初期の売上が緩やかに伸びる時期は「ゆりかご期」または「発生期」と呼ばれる。この期間を過ぎると売上が目に見えて伸び始め、成長期へと突入する。松下電器は、まさにこの成長期の初期にタイミングを合わせて商品を投入する。これほど有利な戦略はない。売れることはほぼ確実であり、さらに二番手でありながらも市場を一気にリードすることができる。その上、松下電器の圧倒的な販売力によって、業界トップの市場占有率を短期間で獲得してしまうのだ。この独特の戦略が、「マネシタ電器」と呼ばれる所以でもある。

これは、まさに松下電器の「お家芸」とも言える手法であり、松下系の企業はこの方針を忠実に踏襲している。子が親を見習うように、グループ全体にこの戦略が根付いているのだ。ただし、人真似も二番手や三番手までが限界で、それを超えて後発になると、不利な状況に陥るリスクが一気に高まる。後発の不利については言うまでもなく、場合によっては不利どころか、取り返しのつかない事態に陥る可能性さえある。

特に、大企業が次々と参入するような大きなブームになった場合、その流れに乗るのは絶対に避けるべきだ。ここで典型的な例を挙げて考えてみよう。

戦後、最大のブームのひとつとして挙げられるのがボウリングだ。当初、この市場を開拓していったのは中小の事業者たちだった。その開拓期に参入したある事業者は、「のるか、そるかの賭け」という心境で取り組んでいたと語っている。まさに、まだその事業が成功するのか失敗するのか、全く予測がつかない時期であり、その不安や期待が入り混じった心境は当然のものだろう。海のものとも山のものともつかない状況下での挑戦だった。

こうした先駆者たちによって開拓されたボウリングは徐々に盛んになり、昭和46年頃には全国で5万レーンに達し、その翌年には11万レーンを超えるほどの大ブームに成長した。しかし、11万レーンというピークに達した途端、ボウリング熱は急速に冷め始めた。そしてその後の衰退ぶりは周知の通りだ。

この急激な変化を引き起こした要因の一つとして、大企業の参入が挙げられる。彼らは一気に市場に乗り込み、規模を膨張させたが、その結果、供給過多や需要の一時的な飽和を招き、ブームを急速に終わらせる要因となったのだ。これが典型的な「後発の不利」の例とも言えるだろう。

日本の大企業に特徴的な「稟議制」には、独特で不思議な側面がある。この仕組みでは、提案は下から上がり、最終的に社長が決裁を行う。しかし、もし事がうまくいかなかった場合、稟議を起案した者が責任を問われることがあるという。これは非常に奇妙な構図だ。

本来、どのような稟議が提出されようと、最終的に決裁した者が責任を負うべきだ。それが組織の論理として筋が通っているはずだが、稟議制の下では、提案者に責任が集中するケースが少なくない。この構造が、多くの大企業における意思決定の歪みを生み出しているのかもしれない。

このため、稟議を起案する者は慎重さを通り越して、しばしば臆病になる。一か八かの賭けのような提案はほとんどされず、絶対に安全とまではいかなくても、成功の確率が高いと思われる案件に絞られる。そして、さらに重要なのは、万が一その稟議が失敗に終わった場合でも、自分が責任を問われるリスクを最小限に抑えられるような内容を選びがちだということだ。

この結果、新規性のある大胆な挑戦は稟議の段階で淘汰され、保守的で無難な選択肢が優先される。この構造が、大企業の意思決定を硬直化させる要因となっている。

そのため、多くの場合、他社の動向を観察し、すでに実績が上がっている事業や、成長して将来性が見込めそうなものを選んで稟議を起案する傾向が強くなる。こうした選択ならば、仮に失敗したとしても、「他社で成功していたから」という言い訳が可能であり、責任を回避する材料として使えるからだ。

この結果、独自性や革新性よりも、他社の成功事例をなぞるような事業が優先される傾向が強まる。これが、大企業の新規事業が往々にして「二番手」や「追随型」となる背景でもある。責任を回避する意識が、リスクを伴う挑戦を避ける方向に働いてしまうのだ。

こうした背景から、大企業ではブームの兆しが見え始めたボウリングに対して、一斉に稟議が上がる事態が起こった。そしてその結果、各社が文字通り一斉にボウリング市場へ進出することになったのだ。結局、どの会社もリスクを回避しつつ安全策をとるため、誰の考えも似たり寄ったりになる。そうして生まれた「一斉進出」は、大企業特有の体質が生み出した現象と言えるだろう。

大企業が参入する際、規模の経済を求める以上、一カ所や二カ所のボウリング場では十分な収益を見込むことができない。そんな小規模な展開では、大企業にとって「歯の間に挟まる」程度の利益にしかならず、腹の足しにはならない。腹を満たすには、大量のボウリング場を一気に展開する必要がある。

こうした事情から、どの大企業も同様に大量出店を進め、その結果、全国的に膨大な数のボウリング場が乱立する事態となった。さらに、この状況に中小の後発業者までが参入したため、最終的に供給過剰が極限に達し、全国で11万レーンを超える異常な状態が生まれたのだ。これは市場の需給バランスを完全に崩壊させる結果となった。

供給過剰はどの業界においても消費者の興味を失わせる要因となる。ボウリングも例外ではなく、まだ後発のボウリング場が完成しきらないうちに、熱狂的だったボウリングブームは一気に冷めてしまった。「ブーム」とは、供給過剰が生じる直前の状態と考えるべきだ。その時点で参入しようとしても、すでにタイミングを逸していることが多い。

だからこそ、ブームになったものには手を出すべきではない。どれだけ魅力的に思えても、そこに参入するのはリスクが高く、むしろ慎重に距離を保つのが賢明だ。タイミングを見誤れば、利益どころか大きな損失を招きかねないのだ。

特に大企業が一斉に参入してきた場合、供給過剰が確実に起こると考えて間違いない。むしろ、それ自体が一種のバロメーターとして活用できる。大企業の参入が目立ち始めた時点で、市場はすでに飽和状態に向かいつつあり、今から乗り出すのは手遅れである可能性が高い。

実際、ボウリングで大きな利益を得たのは、リスクを覚悟でブーム前の不確実な時期に参入した事業者たちだった。彼らは成功の保証がない段階で挑戦し、先行者利益を手にした。一方で、大企業や後発の業者は、供給過剰の中で埋もれ、大きな損失を抱える結果となったのだ。

このことからわかるのは、タイミングの本質が、まだブームにならず、先行きが不透明で見通しが立たない時期にあるという点だ。市場が成熟する前の段階で勝負をかけることが、成功への鍵になる。しかし、その時期には失敗のリスクも非常に高い。リスクを取る覚悟が必要なのだ。

一方で、「危険がない」と感じられるような時期は、すでにタイミングを逃している場合が多い。市場が安定し、成功がほぼ確実に見えるようになった事業ほど、実は失敗の危険が潜んでいる。多くの参入者が市場に溢れ、供給過剰や競争激化で利益を圧迫するからだ。リスクが少ないように見える時こそ、実は最大のリスクが待ち受けている。

タイミングの判断については、最終的に社長が外部からの情報をもとに決断するしかないと前述した。その際の基準として適切なのは、「成功と失敗の可能性が五分五分」と感じられる時だろう。この段階こそが、実質的に最後のチャンスといえる。

逆に、成算の方が大きいと確信できる段階では、すでにタイミングを逃している可能性が高い。最後のチャンスとは、決して「最も理想的な時期」を指すのではない。それはむしろ、「失敗のリスクが比較的少ない、ぎりぎりのタイミング」と考えるべきだ。この微妙な時期を見極め、リスクを恐れず行動に移すことが、成功に繋がる鍵となる。

新事業のタイミングを決めるのは、非常に難しい判断を伴う。そして、その難題に最終的に答えを出すのは、社長の役割だ。しかも、社長はその決断を全くの孤独の中で下さなければならない。外部の情報や内部の意見を参考にしながらも、最終的な責任はすべて自分に降りかかるからだ。

もしその決定が失敗すれば、責任を負うのは社長ただ一人だ。一方で、うまくいった時には、「社員全員の努力と協力の成果だ」として称賛が分散されるのが常である。成功の光は皆で分かち合うが、失敗の影は一人で背負わなければならない。それがトップの宿命ともいえるだろう。

新商品や新事業を始める「タイミング」は、成功の鍵を握る重要な要素ですが、非常に難しい判断でもあります。過去の成功や失敗例をもとに、タイミングを見極めるための指針がいくつか示されています。以下に要点を整理します。

1. 適切な時機を見極める

  • タイミングが悪ければ、優れた商品でも失敗することがあります。東芝の自動炊飯器の例では、昭和初期に一度発表されたものの、当時の社会情勢が整っておらず失敗に終わりました。同じ商品でも、その後の再発売で成功しており、社会情勢や市場の成熟度が重要な要因であることがわかります。

2. 事前に需要予測ができないことを理解する

  • 新商品に関しては、「売ってみなければわからない」という現実があります。市場調査で需要が見えないことがあっても、それが必ずしも商品価値を否定するわけではありません。新しい片手鍋が市場に出て、結果的に好評だった例のように、消費者にとって未知のものは事前評価が難しいため、販売してみるまで正確な反応はわからないのです。

3. 二番手戦略の利点

  • 松下電器の「二番手商法」は、他社が新商品を市場に出してからその反応を見て、時機が熟した段階で市場に参入する戦略です。こうすることで、初期の市場の反応を確かめてからタイミングを調整でき、初期投資のリスクを抑えつつ高い占有率を狙えます。しかし、この戦略にも限界があり、あまりに出遅れると後発の不利に見舞われるため注意が必要です。

4. ブームの危険性に注意する

  • ブームに乗ることは一見有利に見えますが、実際には危険も伴います。ボーリングブームの例では、大企業が一斉に参入したことで供給過剰となり、市場が一気に冷え込みました。大企業が大量に参入する段階では供給過剰のリスクが高まるため、タイミングとしてはむしろ避けるべきと考えられます。

5. 「成否相半ばする」時期がベスト

  • まだ市場が成熟していない時期、つまり「成否相半ばする」段階が、参入の最後のチャンスであると言えます。社長が「危険もあるが、成功の見込みもある」と判断できるタイミングが理想的で、完全な安全が見えてきた段階では、逆に時機を失している可能性が高くなります。

6. 孤独な判断と責任

  • タイミングの決断は、社長が外部情報を総合しながら行う必要があり、この決断にはリーダーとしての孤独な覚悟が伴います。成功したときには社員の功績とされることが多いですが、失敗したときには責任が社長に集まります。そのため、社長自身が市場や競合状況を直接観察することが非常に重要です。

結論

新商品のタイミングは、社長がリスクと可能性を見極め、直感と市場の状況を踏まえて決断するものです。ブームに飛び乗るのではなく、自社に適したタイミングを選び、事業を最も有利に進めることが成功のポイントになります。

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