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忠誠は、怒りにまさるかを問え


一、原文引用(抄)

横尾内蔵之丞無双の槍突にて、直茂公、別けてお懇に召使はれ候。
月堂様へお話にも、「内蔵之丞が若盛りにて、虎日前の槍を其方などに見せたき事なり。誠に見物事にてありし」と御褒美遊ばさるる程の者なり。
内蔵之丞もお懇かたじけなく存じ、追腹御約束誓紙差上げ置き申し候。
然る処、百姓と公事を仕出し、御披露あり。無理の公事にて、内蔵之丞負けになりたり。
その時内蔵之丞立腹致し、「百姓に思召替へらるる者が追腹罷成らず候。誓紙差返され候様に」と申し上げ候に付て、
直茂公、「一方よければ一方はわろし。武道はよけれども、世上知らで惜き事なり」と御意なされ、誓紙お返し成され候由。


二、現代語訳(まとめ)

横尾内蔵之丞(よこお くらのじょう)は、並ぶ者のない槍の名手として知られ、鍋島直茂公から深い信頼を受けていた。
その腕前は、孫の元茂様にも語られるほどで、「あの槍さばきを見せてやりたかった」と賞賛されるほどだった。

内蔵之丞もその恩義を感じ、「殿が亡くなれば追腹いたします」と、**誓紙(誓約書)**を差し出していた。

ところがあるとき、彼が百姓相手に起こした訴訟で評定の結果、内蔵之丞の言い分は退けられた。
これに憤った内蔵之丞は、「百姓にお心を移されたような者が、殿に殉じるわけにはいかぬ」として、誓紙の返還を願い出た。

直茂公はこれを許しながら、
「一方が優れていても、他方に欠ければその人を全うとはいえぬ。武道には優れているが、世間知らずで惜しいことだ」
と語ったという。


三、用語解説

用語解説
横尾内蔵之丞鍋島藩士。槍の名人として知られる。
鍋島直茂鍋島藩の祖。勝茂の父。賢明な藩政で知られる。
月堂様直茂の孫、元茂を指す。直茂がよく孫に逸話を語った相手。
誓紙(せいし)自らの意志を誓って書き記した文書。殉死の約束などに用いられた。
公事(くじ)訴訟のこと。

四、解釈と現代的意義

■ 「武」にすぐれた者の限界

内蔵之丞は確かに槍の腕前では無双だったが、「武は優れていても、情と理が足りない」という直茂公の評価が的を射ている。
名誉に生きる武士の道は、「武」だけではなく、「義」や「信」を兼ね備えてこそ成り立つ。

■ 感情に任せた判断は信を損なう

訴訟の結果を受けて怒り、「誓紙を返してほしい」と願い出た行為は、短慮であり軽率な感情的判断である。
これにより、せっかく築いた忠誠と名誉の関係があっけなく断ち切られた。

現代でも、一時の怒りで信頼や契約を反故にすることの危うさを教えてくれる。

■ 誓いとは「状況」によって左右されるべきものか?

誓紙とは、心の約束であり、殿への忠義を明文化したものである。
それを自ら「撤回」した行為は、たとえ形式が許されても、その人の“覚悟の浅さ”を露呈したとも言える。


五、ビジネスにおける応用・示唆

教訓現代ビジネスへの応用
専門性だけでは評価は不十分技術力や実績だけでなく、人間性や対人スキルも重視される。
信頼関係は感情で壊さない契約や関係性を維持するには、不満があっても冷静に対処すべき
約束の重さ自ら交わした誓約(コミットメント)には、どんな状況でも敬意をもって向き合うことが求められる。

六、心得の結び:「怒りの誓いは、信を裂く」

横尾内蔵之丞の逸話は、
どんなに技に秀でていようとも、志の弱さは信を損なう」という戒めである。

誓いとは、心の矢。怒りによってそれを折るな。
信は、技より重く、人の品格を決める。


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