M社は洋品雑貨を扱うチェーン店で、店舗数はおよそ15店舗だった。本店の売り場は三階まで広がっていたが、一般的な店舗と同様に、二階と三階の売上が振るわない状況が続いていた。
まず、二階の売上向上を目指した施策を実施することが決定された。一方、三階の商品の構成は売上不振の店舗に見られる典型的な特徴を持っていた。それは「さまざまな商品を少量ずつ揃える」というスタイルだった。
自分は、一流商店街という立地を活かし、ショルダーバッグに特化することを提案した。その理由は、特定の商品に絞ることで、その商店街で最も豊富な品揃えを誇る専門店、いわば最大規模の店として位置付けられるからだ。
しかし、社長はそこまで大胆な決断を下すことができなかった。それでも、ショルダーバッグに売り場スペースの三分の一以上を割り当てた。この結果、三階の売り場はショルダーバッグに関してのみ、商店街の中で平均的な店の規模に達した。一方で、残りの三分の二のスペースは依然として小規模な品揃えのままだった。それでも、三階全体として見れば、以前と比較して商品の充実度は大幅に向上したといえる。
次に、この売り場をお客様に効果的にアピールする必要があった。提案された方法は、三階への階段入り口に案内を設置するというものだった。だが、これはいわば「天動説」に基づく発想だ。「店内の案内は必ずお客様に読まれ、それを見たお客様が二階に上がってくれる」という楽観的な思い込みに過ぎない。こんな方法では、期待できる効果はわずかだろう。それよりも、お客様自身が自発的に三階へ足を運びたくなるような仕掛けを考えるべきだ。
その施策として、全店舗を対象に期間限定の「謝恩キャンペーン」を実施することが決まった。内容は、お買い上げ金額が3,000円以上のお客様に、3,000円ごとにパンティストッキングを一足プレゼントするというものだ。引換券を渡し、その交換場所を本店の二階に設定することで、お客様を自然と二階へ誘導する仕組みを作り上げた。
この取り組みは大きな成果を上げた。三階に足を運んだ客は、そこにショルダーバッグの売り場があることを知り、ついでに商品を手に取る姿も多く見られた。
三か月ほどで三階の売上が三倍以上になったと聞き、それは素晴らしいことだと思い売り場を見に行った。しかし、商品の補充が追いついておらず、売り場全体が雑然としていて整っていない状態だった。
売り場の主任を呼び出し、「何をやっているんだ」と一喝した。ところが、主任は「在庫基準を超えると言われ、補充の要求が通らないんです」と返してきた。
全く呆れる話だ。全社的な在庫基準は設けているものの、売り場ごとの在庫基準は設定されていない。その結果、売上が伸び悩む店舗には三か月分もの在庫が積み上がっている一方で、好調な店舗では半月分にも満たない在庫しか確保できていないという有様だ。
まさに生兵法とはこのことだ。この状況は明らかに社長の責任だ。こんな基本的なことも理解できずに、よくも社長の座に居座っていられるものだと思う。
「社長が店別の在庫基準まで決めている暇はない」と言うかもしれないが、それなら全体の方針さえ決めれば社員が勝手に動いてくれる、などという甘い話が通用するわけがない。そんなことで事が足りるなら、苦労する社長などこの世に存在しない。社員というのは、基本的に社長の指示をそのまま実行することくらいしかできない存在なのだ。
店別や商品別の基準を決めることなど、大して手間も時間もかかる作業ではない。それに、これは販売方針としての根幹にかかわる基本的な事項だ。だからこそ、社長自身が責任を持って決定すべきなのは当然のことだ。
在庫は資金面で考えれば少ないほうが望ましい。しかし、在庫を減らしすぎれば、品切れによる「売損い」が発生するリスクが高まる。この相反する課題をどう解決するかが問題だ。適切な在庫管理の鍵は、資金効率と販売機会のバランスをいかに取るかにかかっている。
この課題を解決するためには、「総在庫金額」だけを指標にしていては不十分だ。どの会社にも、動かないデッド・ストックが一定量存在しているものだ。そして、その量が予想以上に多いことも珍しくない。このため、単に在庫の総額を減らすのではなく、動きの鈍い在庫を特定し、効率的に管理することが必要だ。
デッド・ストックを在庫金額に含めて総在庫金額を抑えようとするのは危険だ。有効在庫が圧縮され、その結果として品切れが頻発することになる。これを防ぐためには、まずデッド・ストックを思い切って処分することが最優先だ。その上で、有効在庫について商品ごとに基準を設定する必要がある。特に、売上数量が多い商品や、売上が伸びている商品については、余裕を持った在庫基準を設けるべきだ。これにより、販売機会の損失を防ぎ、効率的な在庫運用が可能になる。
在庫基準とは、常時在庫や最大在庫のことではなく、購入締切日時点での在庫量を指す。この基準を活用することで、在庫を効率的に管理できる。理想的なのは、締切日時点では一日分の在庫を確保し、翌日には一か月分の在庫が入荷する仕組みだ。これにより、在庫を豊富に保ちながらも在庫金額を抑え、資金効率と供給安定性を両立させることが可能となる。
この理想に基づき、締切日時点での在庫基準は低く設定する。そして、締切日後の2~3日の間に倉庫スペースの許す限り、一か月分の在庫を入荷するよう、注文書に納期を指定する。この際、倉庫スペースの制約がある場合は分納を活用すればよい。また、電話一本で即納可能な商品については、必要最低限の在庫で十分だ。この方法によって、在庫効率を高めながら供給体制の安定化を図ることができる。
しかし、現実には多くの会社でこの理想とは逆の状況が見られる。締切日が近づくと駆け込み納入が相次ぎ、在庫が一時的に膨らむ。ところが、その後の期間には在庫が減少し、結果的に品切れが頻発する「飢餓状態」に陥っている。こうした不均衡な在庫管理は、効率を損ない、販売機会の損失やコストの増大を招いている。
支払いのタイミングは、締切日の翌日に仕入れた場合でも、その一か月後に仕入れた場合でも同じだ。重要なのは、この一か月という期間をいかに有効に活用するかにある。在庫管理を適切に行い、資金の回転を最大化しつつ、品切れを防ぐ仕組みを構築することが肝心だ。この時間差を活かせるかどうかが、在庫運用の成否を左右する。
この一か月間を効果的に活用することで、在庫金額を抑えつつも、現物の在庫を十分に確保するという理想的な状態を実現できる。資金効率を高めながらも、供給不足を防ぐ在庫運用の鍵は、適切なタイミングでの補充と柔軟な発注計画にある。このアプローチにより、経営の安定と効率の両立が可能になる。
ただし、多くの小売店舗は十分な倉庫スペースを持たないため、大量の在庫を抱える余裕がない。倉庫がある場合でも、その規模は小さく、置ける在庫は限られているのが現実だ。この制約の中で効率的な在庫管理を実現するには、配送頻度を高めたり、サプライチェーン全体で柔軟に在庫を調整する仕組みが必要となる。
多くの小売店舗では、そもそも倉庫を持たず在庫を保管する余地がない場合が多い。仮に倉庫があったとしても、その規模は小さく、保管できる在庫量は限られているのが一般的だ。このような状況では、大量在庫を前提とした管理手法は現実的ではなく、より柔軟で効率的な供給体制を構築することが求められる。たとえば、頻繁な納品やジャストインタイム方式を活用することで、スペースの制約を補う必要がある。
在庫基準を効果的に管理し、売上げの増加と在庫コストの最適化を実現するには、以下の要点が重要です。
1. 店舗・商品別の在庫基準設定
- 各店舗ごとの売上傾向を分析し、売上が伸びている店舗や商品には高めの在庫基準を設定することで、人気商品や売れ筋アイテムの品切れを防ぐ。
- 本社一括での在庫基準だけではなく、店舗や商品ごとに細かく基準を設け、各店舗のニーズに応じた在庫確保ができるようにします。
2. デッド・ストックの整理
- 売れない在庫は「デッド・ストック」として明確に分類し、可能な限り早期に処分してしまうことで、総在庫金額が実質的に使える「有効在庫」として見直されます。
3. 在庫の流れを計画的に管理
- 理想は、締切日の翌日に1か月分の在庫が補充されるようにし、締切日には最小限の在庫を持つように計画することで、在庫金額を抑えつつ、必要な在庫を安定的に確保します。
- 大量の在庫が一度に届くのではなく、分納や定期納品を取り入れることで、倉庫スペースも効率的に利用可能に。
4. 納期指定と柔軟な補充対応
- 売れ行きが良い商品に関しては、即日納入が可能なよう、問屋やメーカーに協力体制を整えてもらうことで、在庫切れリスクを軽減。
- 特に小売店は倉庫スペースに限りがあるため、問屋やメーカーのスピーディーな対応が重要になります。
5. 需要予測と販売戦略の連携
- 在庫基準は販売戦略と密接に結びついており、売上予測をもとに商品の販売戦略や季節変動に対応した在庫管理を行うことが求められます。
以上の在庫管理戦略により、在庫を豊富に保ちつつ、資金やスペースの最適化が可能になり、店舗ごとに求められる「売れる品揃え」が維持できるようになります。この柔軟かつ計画的な在庫基準設定が、売上向上と在庫コスト削減の両方に寄与します。
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