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君子は、必要な支援は受けても、私利のための金品には屈しない

前項の疑問に対し、孟子は明確に答える。「すべては文脈により正しい」と。

孟子は、宋では遠方への旅に出る際に贐(せんべつ)を受け取った。これは儀礼として当然であり、使者の言葉にも「餞別である」と明記されていた。
また、薛では危険があったため、「警戒のための兵備費」としての贈り物であり、これも必要に迫られた正当な支援だった。

しかし、斉での贈り物には何の必要性もなかった。状況も理由もないのに金品を贈るのは、心を買おうとする行為、すなわち「賄賂」である。孟子は言い切る――君子たる者、買収されてはならない。

これは、儒家の理念の核心でもある。「礼」に従った贈与は受け入れられるが、魂を売るような金には屈しない。それは人としての尊厳を保つための一線であり、君子の覚悟と気高さを示す態度である。


原文(ふりがな付き引用)

孟子(もうし)曰(い)わく、皆(みな)是(ぜ)なり。

宋(そう)に在(あ)るに当(あ)たりてや、予(よ)将(まさ)に遠行(えんこう)有(あ)らんとす。
行(い)く者(もの)には必(かなら)ず贐(しん)を以(も)てす。辞(ことば)に曰(い)わく、贐(しん)を餽(おく)る、と。
予(よ)何為(なにゆえ)ぞ受(う)けざらん。

薛(せつ)に在(あ)るに当(あ)たりてや、予(よ)戒心(かいしん)有(あ)り。
辞(ことば)に曰(い)わく、戒(いまし)めを聞(き)く。故(ゆえ)に兵(へい)の為(ため)に之(こ)れを餽(おく)る、と。
予(よ)何為(なにゆえ)ぞ受(う)けざらん。

斉(せい)に於(お)けるが若(ごと)きは、則(すなわ)ち未(いま)だ処(しょ)する有(あ)らざるなり。
処(しょ)する無(な)くして之(こ)れを餽(おく)るは、是(こ)れ之(こ)れを貨(か)にするなり。

焉(いず)くんぞ君子(くんし)にして、貨(か)を以(もっ)て取(と)らるべき有(あ)らんや。


注釈(簡潔な語句解説)

  • 贐(しん):旅立つ者に贈る餞別。古代の礼儀の一つ。
  • 戒心(かいしん):身辺の危険に備えて注意を払うこと。
  • 貨にする:金銭で買収する、賄賂として扱う意。
  • 焉んぞ~有らんや:どうして~あろうか、いや、あってはならないという強い否定。

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この章は、孟子が「君子とは何か」を語る際の名場面でもあり、形式と誠の違い、そして礼と私利の峻別を、見事に表現しています。

1. 原文

孟子曰、皆是也。當在宋也、予將遠行、行者必以贐。辭曰、餽贐、予何爲不受?
當在薛也、予有戒心。辭曰、聞戒、故爲兵餽之、予何爲不受?
若於齊、則未有處也。無處而餽之、是貨之也。焉有君子而可以貨取乎?


2. 書き下し文

孟子曰(いわ)く、皆是(ぜ)なり。宋に在(あ)るに当たりてや、予(われ)将(まさ)に遠行あらんとす。行く者には必ず贐(ひん)を以(も)ってす。
辞して曰く、「餽(おく)るは贐なり」と。予、何為(なんす)れど受けざらん。

薛(せつ)に在るに当たりてや、予、戒心あり。辞して曰く、「戒(いまし)めを聞く。故に兵のためにこれを餽る」と。予、何為れぞ受けざらん。

斉(せい)に於けるが若(ごと)きは、則ち未だ処する有(あ)らざるなり。処するなくしてこれを餽るは、是れこれを貨(まいない)とするなり。

焉(いずく)んぞ君子にして貨を以って取らるべきこと有らんや。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「孟子曰、皆是也」
     → 孟子は言った。「それぞれの行動には道理がある。」
  • 「宋にいたとき、私は遠出する予定だった。旅立つ者には必ず贐(はなむけ)がある」
     → 旅に出る者には見送りの品があるのが慣習である。
  • 「使者は“贐として贈ります”と言った。どうして受け取らない理由があろうか」
     → その趣旨が明確だったため、問題なく受け取った。
  • 「薛にいたとき、私は警戒していた。使者は“あなたの用心を聞き、兵の備えとして差し上げる”と言った。どうして断る理由があるか」
     → 用心への備えとして贈られたものであり、意味が通っていた。
  • 「しかし斉では、私はまだ公的な立場に就いていなかった」
     → まだ職務もなく、活動拠点も決まっていなかった状態。
  • 「そのような状態で贈られるのは、私を“金で買おうとしている”ということになる」
     → 明確な名目のない贈与は賄賂に近い。
  • 「君子が金銭で買われるなど、どうしてありえるだろうか」
     → 真の人物は金で動くものではない、という倫理的断固たる態度。

4. 用語解説

  • 贐(ひん):旅立ちの人に贈る餞別・はなむけの品。
  • 餽(おくる):贈与すること。
  • 戒心(かいしん):警戒心、慎重な構え。
  • 兵餽(へいき):兵備の支援として与えるもの。
  • 処(しょ)する:地位や任務を得て、その場に落ち着くこと。
  • 貨(まいない)とする:金品で取り引きすること、賄賂に類するもの。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子はこう答えた:

「それぞれの場面で私は道理にかなった判断をした。宋では遠出の予定があり、“これは贐(旅立ちの贈り物)です”と言われたので、当然それは受け取っても問題なかった。
薛では私が警戒していると察し、“兵備の支援として差し上げます”という説明だった。これも正当な意図のもとでの贈り物なので受け取った。

だが、斉では私は何の役職にも就いていなかった。そんな状態で贈られるものは、私を“金で買おう”とする意図に他ならない
そのような贈り物を受け取るのは、君子が金銭で動くことと同じになってしまう。私はそのような行動は絶対にしない。」


6. 解釈と現代的意義

この章句で孟子が強調しているのは、「行為そのもの」ではなく、「動機と状況」によって善悪を判断するという倫理原則です。

  • 贈与行為は同じでも、「その意図」「そのときの自分の立場」によって、受け取るか否かを判断する。
  • 原則的には物を受け取らないとしても、正当な名目と関係性があれば柔軟に対応する。
  • だが一方で、少しでも“買収”の意図が感じられる贈り物は断固として拒否する。

これは、原則を持ちながら状況を見極めるリーダーのあるべき姿そのものです。


7. ビジネスにおける解釈と適用

✅ 「同じ贈与でも、意図と状況がすべてを変える」

  • 謝礼、祝儀、支援金…同じ「渡す行為」でも、その裏の動機が誠意なのか買収なのかで倫理的評価は大きく異なる。
  • 公私の線引き・相手の意図を見抜く目を持つことが、ビジネスパーソンには不可欠。

✅ 「“金で人を動かす”姿勢を断つ」

  • リーダーは報酬だけでなく、「理念・信頼・尊敬」で人を動かすべき。
  • 自身もまた、“買われない誇り”を持ってこそ真の信頼を得られる。

✅ 「原則を持ちつつ、機械的な一貫性に縛られない」

  • どんなときでも“受け取らない”と決めつけるのは、一見高潔だが、現実との接点を失いかねない。
  • 真に問われるのは、「受け取ったときに、心が売られていないかどうか」である。

8. ビジネス用の心得タイトル

「心を売らず、道理に従う──贈り物に現れる“人間の値段”」


この章句は、現代の政治・ビジネスの場における**“贈与と倫理”の問題に非常に強い示唆を与えてくれます。

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