—恩恵は、確かな約束と一貫した政策の上に
太宗は即位直後に、関中で2年、その他の地で1年の租税免除を発する。しかしその後、実施の時期を改める詔勅が続いたことで、民衆は混乱し、期待が裏切られる結果となった。
魏徴はこれを厳しく諫め、「徳を積むなら一貫性と信が必要であり、言行が異なれば民は心を離す」と説いた。さらに、兵役の対象をめぐる決定にも繰り返し反対し、「体だけを見て徴兵すれば、明年に人も税もいなくなる」と警鐘を鳴らした。
為政の徳は、小さな行政判断に宿る。政治の信用は、言葉と行動の一致により培われる。
原文(ふりがな付き引用)
「天(てん)の輔(たす)くる者(もの)は仁(じん)、人(ひと)の助(たす)くる者(もの)は信(しん)」
「竭澤而漁(たくをつくしてうおをとる)は、魚(うお)を得(え)ざるに非(あら)ず、明年(みょうねん)に魚(うお)無(な)し。
焚林而獵(りんをやいてかりをする)は、獣(けもの)を獲(え)ざるに非(あら)ず、明年(みょうねん)に獣(けもの)無(な)し」
注釈
- 信(しん):人民と君主の間にあるべき「信用」の徳。政策の一貫性を意味する。
- 給復(きゅうふく):「復」は「ほく」と訓み、税や賦役の免除を意味する。
- 中男(ちゅうだん):16〜20歳の若者。徴兵や課税対象の年齢層。
- 簡点(かんてん):官吏による戸口・納税・兵役対象の実地調査・点呼。
- 竭澤而漁(けつたくしてぎょをとる):一時の利益のために未来を犠牲にすることの喩え。
教訓の核心
- 政策における変更は、民にとって「信義の喪失」に直結する。
- 一時の財政的な得よりも、為政者の信頼と誠意の維持が国の安定をもたらす。
- 過剰な徴発は国力を削ぎ、兵の士気を下げる。「量より質」が肝要。
- 民を信じずに統治することは、民からも信を失うことに繋がる。
以下に『貞観政要』より、貞観三年の租税免除に関する魏徴の諫言と中男徴兵に関する議論を、定型の構成に従って丁寧に整理いたします。
『貞観政要』より
貞観三年──租税と徴兵政策をめぐる魏徴の直言
1. 原文:
貞観三年、太宗は詔して、関中を二年間租税免除、関東は一年の復役免除とした。
しかし後日、丁男(壮年男子)の一部はすでに労役を終えていたため、その分は総計して翌年の割当として相殺せよとの敕が出された。
これを知った給事中・魏徴は、「初めの詔で民は喜び歌い舞ったが、変更の敕により信を失い、徳を損ねる」として強く諫言。
さらに、徴兵に関して中男(18歳未満の成人前の男子)を対象とする件でも太宗と対立。
太宗は「体格が大きければ徴用せよ」との勅を出したが、魏徴は「竭澤取魚(たくさん採っても資源が尽きる)」と比喩して反対。
結果、太宗は自らの非を認め、魏徴を賞し、徴兵令を撤回した。
2. 書き下し文:
貞観三年、太宗は詔して、関中の民を二年間租税を免じ、関東の民に一年の復役免除を与えた。
これにより、老若男女が喜び、街には歌舞する姿さえあった。
だがその後、敕により「すでに役を終えた者の分は来年にまとめて計上し、恩典とはみなさない」との布告が出された。
魏徴はこの変更が民の信頼を損なうとして直言し、「初めの詔と矛盾する行為は、大義に反する」と訴えた。
また、中男の徴兵問題に関しても、魏徴は「外見が大人びているというだけで徴兵すべきではない」とし、
「租税と雑役は成人男子を頼りとするが、今すべて軍に取り上げては国家も民も立ち行かない」と論じた。
太宗は最初は色をなして魏徴を叱責したが、最終的に彼の意見を容れ、徴兵を中止し、魏徴に金一口、王珪に絹五十匹を下賜した。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「租税を免除する詔を聞いて民は歓喜したが、直後に条件が変えられた」
→ 恩典が裏切られた形となり、民の間に不信感が生じた。 - 「魏徴は、天は仁を助け、人は信を助くという格言を引き、二言三言を戒めた」
→ 政治における一貫性と信頼性の重要性を強調。 - 「中男を徴兵する案に対し、魏徴は“竭澤取魚”と“焚林而畋”の比喩を用いて反対」
→ 資源の過度な搾取は長期的には損失であると警鐘を鳴らした。 - 「太宗は最初は魏徴を疑ったが、最終的にはその意見を採用し政策を撤回した」
→ 君主としての自省と民への誠実さを示した行為。
4. 用語解説:
- 給復(きゅうふく):徴税や徴用などの役務を免除すること。
- 中男(ちゅうなん):18歳未満の男子。古代律令制では徴兵対象ではない。
- 竭澤取魚(けつたくしゅぎょ):池を干して魚を獲れば、翌年以降獲れなくなる。短期的利益による長期的損失の喩え。
- 焚林而畋(ふんりんじてん):林を焼いて狩りをすれば翌年以降は狩れない。持続可能性の重要さを説く例。
- 信:政治的な信義、国家の言葉への信頼。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
貞観三年、唐の太宗は国民への大きな恩典として租税や労役を免除する詔を発した。
これにより民衆は感激し、歌い舞って喜んだが、すぐに「実は対象者は制限され、翌年に回される」という追加命令が出された。
魏徴はこの“二言三言”が民の信頼を裏切るものであるとし、政治は仁と信に基づかねばならないと訴えた。
また、中男の徴兵に関しても「体が大きいから徴用すべし」という基準では国の未来を損ねると反対。
魏徴の言葉に耳を傾けた太宗は、最終的にそのすべてを改め、政策を見直すこととなった。
6. 解釈と現代的意義:
この章句が示すのは、**「国家や組織の信頼性は、言葉と行動の一致に宿る」**という本質です。
魏徴は、詔を出してすぐに方針を変えることの危険性を、「二言」「三言」と批判し、
信頼を損なうリーダーシップでは誰もついてこないことを明確に述べました。
また、「数を集めるより、質と志を尊重せよ」という徴兵における視点は、
持続可能性と人材の真価の評価という点でも、現代に通じる重要な教訓です。
7. ビジネスにおける解釈と適用:
✅「ルール変更は信頼を失う──“後出し変更”のリスク管理を怠るな」
政策変更、割引条件、給与体系など、一度公表した条件を覆すことは、社員や顧客の信を損ねる。
✅「短期成果のための“乱獲”は未来を壊す」
人員・予算・資源の一時的投入は、持続的価値創出につながるか常に検証せよ。
✅「少数精鋭・真の志が勝る」
“頭数を揃える”より“志を持った精鋭を育てる”方が、長期的には組織を支える。
8. ビジネス用心得タイトル:
「信は積むもの──二言を避け、未来の信用を守れ」
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