一、原文と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第七)
出仕の節、何某右の事を申出し、なぶり候を、抜打に打捨てられ候。
この事御詮議になり、「殿中にて粗忽の仕方に候間、切腹仰付けらるべき」旨申上げ候。
直茂公聞召され、
「人よりなぶられて、だまりて居る時はすくたれなり。殿中とて場をのがすはずなく候。人をなぶるものはたはけ者なり、切られ損」と仰出でられ候由。
現代語訳(逐語)
徳久という男は、少し風変わりで、おとぼけたところのある人物だった。
あるとき客をもてなす席でドジョウの刺身を出したところ、それがからかわれ、「徳久殿のドジョウ刺身」と笑い話にされていた。
後日、出仕の際に、これをからかった者がいたため、徳久は激怒し、その場で抜刀して相手を斬り殺した。
この件について、家老たちは「殿中での刃傷沙汰は不始末であり、切腹が妥当」と申し上げたが、藩主・直茂公はこれを退けた。
「人に侮辱され、何も言わずにいるのは意気地なしである。殿中といえども、名誉を守る場に例外はない。侮辱する者こそ愚か者であり、斬られた方が悪い」と判断された。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
なぶる | 嘲笑・侮辱・からかいの意。人格的冒涜にあたる。 |
抜打(ぬきうち) | 相手の不意を突いて刀を抜き、斬ること。ここでは反射的な怒りの表現。 |
殿中 | 城内、特に儀礼・儀式・行政が行われる正式な場。通常は最も慎むべき場所。 |
切られ損 | 侮辱した者が斬られたのは当然という意味。正義は斬った側にあるとする表現。 |
すくたれ | 意気地なし・腰抜けの意。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
少々とぼけたように見られていた徳久という人物が、侮辱されたことに怒り、殿中で相手を斬った。
本来ならば重大な不始末であるはずが、藩主・直茂公は「誇りを守った正当な行為」として処罰を否定した。
人の名誉を傷つける行為こそが、武士の秩序を乱すものであり、斬られて当然であるとしたのである。
四、解釈と現代的意義
この章句は、現代において直接適用するのは極めて難しい話です。
しかしその根底にあるのは、次のような哲学です:
- 「場の秩序」よりも、「人としての尊厳」が優先されることがある
- からかいや侮辱は、冗談では済まされない一線を超える行為である
- 侮辱に耐えることが“美徳”とは限らない。立ち上がることが“真の誇り”を守る行為である
現代では暴力や報復は許されませんが、**“侮辱されたときに黙っていることが本当に正しいのか”**という問いは、なお有効です。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
ハラスメント対応 | 「軽口」「冗談」で人の人格を損なう行為は、たとえ意図がなくとも重大な問題。 |
自尊心と表現 | “言われっぱなし”ではなく、正当な方法で「不快」「侮辱である」と明確に伝えることは尊厳の証。 |
リーダーの判断 | トラブルが起きたとき、形式的処分よりも「なぜ起きたか」「どこに侮辱があったか」を見抜く洞察力が問われる。 |
対人リスクの管理 | 軽口・揶揄・陰口といった“空気”が、個人の名誉や心理的安全を傷つけていないか、日頃からチェックが必要。 |
六、補足:「たわけ者」の真意
直茂公が「人をなぶる者はたわけ者(愚か者)」と断じたのは、武士道の価値体系に基づく明確な倫理判断です。
「侮辱されて黙っている者が腰抜け」であり、「侮辱する者が本来の秩序を壊す原因である」という視点は、秩序とは“形式”ではなく、“尊厳の共有”で成り立つという思想を示しています。
七、まとめ:この章句が伝えるメッセージ
- 誰であっても、名誉を侮辱されたときに黙っていてはならない。
- 嘲笑や軽蔑は、人間の尊厳を損なう重大な暴力である。
- 誇りとは、守る覚悟をもった者だけに宿る。
- 真の秩序とは、形式を超えて“人の気骨”を守ることで成り立つ。
🔚現代への置き換え:
「誇りを傷つける言葉に沈黙するな。堂々と、自分の尊厳を守れ」――それが現代の一太刀である。
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