1. 業界依存のリスクと多角化の重要性
Iバルブはかつて中小企業のモデル工場とされていたが、最終的には倒産に至った。
I社長は、中小企業の世話役として広く知られ、多くの名誉職に就き、数多くの肩書を持っていた。その結果、自社の経営に目を向ける時間がほとんどなかったのである。
当時、「優等生の落第」として多くのメディアが取り上げ、話題となった。しかし、その報道のあり方には問題があり、状況の本質を見失っている点が残念である。
優等生が落第するはずはない。実際には、劣等生であったからこそ落第したのである。Iバルブは、内部管理や合理化においては優れていたが、経営全般では全くの劣等生だったのだ。
会社の優劣は、内部管理の優秀さではなく、事業経営そのものの優秀さによって決まる。どれだけ内部管理が優れていようとも、内部管理には外部環境の変化に対応する力は全く備わっていないのである。
Iバルブは、外部環境の変化に適応できなかったために、最終的に倒産に追い込まれたのである。
その危機的な状況の中で、社長は自社の経営を顧みず、他人のために奔走していた。さらに、工場用地の購入によって多額の資金が固定化され、負担が増大した結果、資金繰りが破綻してしまったのである。
Iバルブは更生会社の指定を受け、I社長は深く反省するに至った。すべての公職を辞し、頭を丸めて会社再建に本気で取り組む決意を固めたのである。
2. 再建成功の要因:社業への専念と多角化戦略
再建の基本方針として、石油業界に依存していたことのリスクを痛感し、他業界のバルブ市場にも参入する「多角化」を目指すことが掲げられた。
再建を後押ししたのは、東京都の都市計画により本社工場用地を東京都へ売却できたことだった。この売却によって、貴重かつ多額の資金が手に入り、再建への資金基盤が強化されたのである。
こうしてIバルブは負債を完済し、更生会社の指定も解除され、見事に一人前の企業として再生を果たしたのである。
破綻の原因は以下の三点にあった。
- 社長が経営に専念せず、他の公職活動に多忙であったこと
- 一つの業界(石油業界)に依存しすぎていたこと
- 工場用地の購入によって多額の資金を固定資産に縛りつけてしまったこと
これらが重なり、外部情勢の変化に柔軟に対応できなくなった結果、破綻に至ったのである。
再建の成功要因は以下の三点であった。
- 社長が公職を退き、社業に専念したこと
- 石油業界依存から脱し、他業界への進出による事業の多角化を図ったこと
- 都市計画による工場用地の売却(他動的ではあるが)で、固定資産を処分し資金を確保できたこと
これらが相まって、Iバルブは再建を果たし、健全な経営基盤を築くことができたのである。
要するに、Iバルブの再建成功は、倒産原因とは真逆の方策にあった点に注目すべきである。この事例から、一つの業界に依存し続けることのリスクがはっきりと浮き彫りにされているといえる。
それだけではなく、業界全体には時期的な盛衰があり、さらに業界特有の季節変動も存在する。
特定の業界にのみ依存していると、そうした変動や盛衰の影響をすべて被ることになり、その打撃を正面から受ければ持ちこたえるのは難しい。仮につぶれなくとも、大幅な業績低下や季節ごとの変動による業績の周期的な落ち込みを引き起こすことになる。
こうしたリスクを避けるためには、二つ以上の業界に進出し、複数の分野にわたる経営が求められる。
しかし、多くの中小企業経営者は、他の業界に視野を広げることなく、現状の業界の中だけで考えがちだ。
K社は女学生用のセーラー服を縫製する工場であるが、この業界では夏場の三か月間、ほとんど仕事がないという。K社長から「どうしたものだろうか」と相談を受けたが、これは冗談では済まされない。
一年を九か月で回そうというのは、さすがに虫が良すぎる。それなのに、何も手立てを講じずに「困った困った」と嘆いているだけでは、何も解決しない。
ミシンがあるのだから、高度な技術を要さない縫製の仕事を探せばいくらでも見つかるはずだ。例えば、下着類や枕カバー、エプロン、よだれかけといった日常品がある。
少し手をかけて高級な製品を作るならば、座布団や置きクッションなどの需要もあるだろう。
さらに、閑散期はそもそも仕事が少ないのだから、安い工賃でも何もせずにいるよりはずっと良い。遊んでいる間も人件費はかかるわけで、何かしらの仕事に取り組むほうが経済的だ。
安い仕事でも、やる気があれば十分に対応できるのだから、価格面での競争力も発揮できる。こうした理由から、私はこの方針を強く勧めたのである。
Z社は、土木用コンプレッサーの専門メーカーであり、専業での高い技術力を誇ってきたが、さらなる多角化の一環として、クラッシャー事業への進出を検討しているという。
私は「同じ業界での新商品を開発しても、業界全体のリスクは軽減されない」と指摘した。そのうえで、「クラッシャーという新たな商品に取り組むには、今まで培ってきたものとは異なる新しい技術が必要になる。
この新技術は、一朝一夕で習得できるものではなく、相応の時間と努力を要するものだ」と助言した。
「不慣れな技術で商品を作れば、気づかぬうちに欠陥商品を市場に出す危険が増す。一度欠陥商品を出してしまえば、失った信頼を回復するのは極めて難しい。同業界で異なる種類の商品に手を出しても、安全性は高まらず、むしろリスクが増えるだけだ。
安全性を高めたいのであれば、現在持っている技術を生かして、異なる業界の商品に参入するのが正しい方向だ」と助言した。
その検討内容は、次のような選択肢の検証であった。コンプレッサーの主要市場は、土木用以外にも、工場用、家電用、冷凍機用の三つに大別される。
まず工場用は以前に試みたものの、どうにも自社の体質に合わず、再度の挑戦には意欲が湧かなかった。家電用は小型コンプレッサーを必要とする分野だが、量産設備がなく採算が取れそうにない。こうして残ったのが冷凍機用コンプレッサーであり、最終的にこの分野に取り組むことを決断したのである。
冷凍機業界の調査を進めていると、ある冷凍機メーカーが下請け先を探しているという情報を得た。すぐさまこのメーカーにアプローチしたところ、先方も歓迎し、話は瞬く間にまとまった。そこで、まずは下請けとして冷凍機の技術を学び、業界の動向を把握しながら、自社製品化の可能性を模索していくという戦略を取ることになった。
こうすることで、主力であるコンプレッサー技術の活用が可能になり、技術的な不安は払拭された。また、冷凍機の専用部品についても、メーカーからの支給や購入先の紹介を受けることで、必要な部品調達の課題も解決した。
3. 不用意な多品種化のリスク
まさにこのZ社の取り組みは、多角化の理想的なアプローチを示していると言える。
主力の技術を生かしながらも、異なる市場に進出することで新たな収益源を確保し、企業の安定性を高める。
このように、自社の強みを維持しつつリスクを分散する多角化こそが、効果的な成長戦略となる。
「多角化」とは、異なる業界に展開し、事業の足場を複数の分野に広げることを指す。一方、同じ業界内で製品の種類を増やすのは「多角化」ではなく、単に「多品種化」と呼ばれる。
多角化は市場リスクを分散させ、企業の安定性を高める戦略であるのに対し、多品種化はその業界内での競争力や市場占有率を高めるためのアプローチだ。
しかし、多角化と多品種化の違いが理解されず、多品種化を多角化と誤解している人がかなりいる。これは大きな問題だ。
業界の異なる分野に事業を広げることでリスク分散を図る多角化とは異なり、多品種化は同じ業界内で製品のバリエーションを増やすだけなので、リスクの分散にはならない。
業界の異なる市場への進出を多角化とする本来の意味を理解することが、事業拡大の戦略を誤らないために重要である。
4. 内部専門化と外部多角化の理想的企業構造
不用意な多品種化は、しばしば大きなリスクを伴う。多品種化によって同一業界内での競争が激化し、在庫管理や生産コストの複雑さも増すためだ。
これに対して、多角化は一般的にリスクの増加が少なく、むしろ収益の向上と安定をもたらしやすい。異なる業界や市場に進出することで、一つの分野に依存しすぎるリスクを回避でき、事業全体としてのバランスを保ちやすくなるからである。
「内部、つまり技術は専門化し、外部、つまり市場を多角化する」という構造は、どの企業にとっても効果的な成長戦略の一つといえる。
専門技術を深めることで製品やサービスの質と競争力を高め、他方で多角的な市場展開によって複数の収益源を確保し、市場リスクを分散できるからだ。
このような構造は、変動する市場環境にも柔軟に対応でき、企業の持続的な成長と安定を支える基盤となりうる。
もう一つの典型的な例として、Y製作所の成長を見てみよう。同社は戦後に設立され、最初に手がけたのは腕時計のバンドに使用されるバネ棒だった。このバネ棒の生産が順調に軌道に乗ると、次に取り組んだのが腕時計のバンドそのものである。これは「同業界の異種商品」にあたる、よくあるパターンの展開であった。
しかし、腕時計のバンドはバネ棒とは異なる技術が求められるため、Y製作所は思うように成果を上げられず、最終的に失敗してしまった。
この失敗を通して、Y社長は大切な教訓を得た。「バネ棒と腕時計のバンドは、見た目や商品カテゴリが似ているだけで、必要な技術は全く異なる。バネ棒の製造経験だけを頼りにバンド製造に進出したのが間違いだった。我が社が持つ強みは『パイプ加工』技術である。この強みに集中し、新しい商品開発もパイプ加工技術を生かした分野で行わなければならない」との認識を深めたのだ。
5. 未来のリスクに備える経営者の役割
こうして、Y製作所は自社の進むべき方向を確立した。Y社が目をつけたのは、米軍人が持っていたロッド・アンテナであり、パイプ加工の技術を最大限に生かせる商品であった。結果として、この分野で大きな成功を収め、「ロッド・アンテナといえばY社、Y社といえばロッド・アンテナ」と称されるまでに成長し、圧倒的な市場占有率を誇る企業へと発展を遂げた。
Y製作所は、この成功を礎に「パイプ加工一本」という方針をさらに徹底させ、商品開発を進めていった。具体的には、パイプ・ハンガーから靴べらのシャフト、さらにはゴルフクラブやバドミントンラケットのシャフトにまで展開している。
こうして、パイプ加工という強みを基盤に、多様な製品ラインを持ちながらも専門性を維持し、独自の地位を築き上げてきたのである。
Iバルブやその他の企業の例から、「業界の組み合わせ」、すなわち異なる業界への進出と市場の多角化がいかに重要かが示されています。業界の組み合わせや多角化が有効な理由とその方法には、以下のようなポイントが見られます:
1. 業界依存のリスク回避
- 特定の業界に依存すると、その業界の斜陽化や景気変動に左右されやすくなります。Iバルブが石油業界のみに特化して破綻した例からも、業界の変動に対応するための複数の収益源の確保が重要だと分かります。
2. 内部の専門化と外部の多角化
- 企業の強みを生かしつつ他業界へ進出することで、事業の安定性が向上します。Z社のコンプレッサーの技術を冷凍機に応用することで、安全性を保ちながら新市場を開拓する姿勢がその典型です。Y製作所もパイプ加工技術を生かし、製品分野を多角化して成功しました。
3. 経営者の市場志向と顧客視点
- 経営者が市場や顧客のニーズに直接関わることで、内部管理では得られない市場感覚を磨くことができます。Iバルブの事例のように、社業を離れて他のことに専念するのではなく、市場の変化や新たな顧客ニーズに応じて企業の方向性を調整するのが経営者の役割です。
4. 多角化と多品種化の違い
- 多角化は業界そのものを広げる戦略で、企業に安定と成長の可能性をもたらします。多品種化とは異なり、業界の変動リスクを回避しやすく、資源も集中しやすいのです。
5. 長期的な企業安定と競争優位
- 異業界に進出し、製品ラインを他の業界にも広げることで、企業は長期的な安定と高収益の可能性を持つことができます。また、同時に大手が入りにくい「隙間市場」やニッチ市場を築くことで、競争の少ない分野での成長も可能です。
まとめ
経営者の役割は、企業内部の合理化や管理だけではなく、市場や顧客の変化に対応し続けることです。他業界への多角化を通じて企業の将来を確保することが重要であり、これこそが企業の持続的な成長と安定を実現するための経営戦略といえます。
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