企業は、変化する外部環境に適応し、生き残るために、常に新たな戦略的判断を下し続ける必要がある。戦略レベルでなくとも、市場戦略を実行するための戦術的な変更を繰り返し行う場面も多い。
こうした決定を行う際には、財務面で何がどう変化するのか、収益にどのような影響を及ぼすのかを事前に正確に把握することが求められる。しかし、多くの企業がその計算方法を理解しておらず、その結果として本来取るべき対策が講じられないケースが驚くほど多いのが現状だ。
一方で、誤った計算や思い込みによって不適切な決定を下すケースも少なくない。典型的な誤りを挙げると、以下のようなものがある。
- 全部原価計算に基づく誤り
- 付加価値率(粗利益率)が高いほど収益性が良いと短絡的に判断する
- パーヘッド(一人当たり)の数字にのみ注目し、全体(グロス)を見落とす
- 決定による増加費用ばかりを考え、収益増を見逃す
- 費用削減だけを重視し、それによる収益減を考慮しない
これらの誤った判断がもたらす損害は甚大だ。
これらの誤りがもたらすのは単なる損害にとどまらず、企業の将来そのものに深刻な影響を与える可能性がある。だからこそ、経営者は正確な決定を下すために、正しい計算方法を身につけることが不可欠だ。
その正しい計算法こそが「増分計算」だ。この方法は非常にシンプルで、特別な経理の知識や技術をほとんど必要としない。増分とは、特定の決定によって変化する部分を指す。具体的には、決定によって増える部分が「プラスの増分」、逆に減る部分が「マイナスの増分」となる。これは前述の通りだが、増分計算の基本は、変化する要素だけを抽出して評価する点にある。
増分計算の基本的な式は次の通りだ。
増分収益 – 増分費用 = 増分利益
このシンプルな計算式に基づき、決定によって得られる利益や損失を正確に評価することが可能となる。このアプローチでは、変化する部分だけに注目するため、無駄な計算を省き、意思決定のスピードと精度を向上させる。
この計算式そのものは非常に簡単だが、いざ実際に「前向き」に計算しようとすると、どのように進めればよいか分からなくなることが多い。その結果、増分を正しく計算しないまま、益率やパーヘッドといった部分的な指標に頼り、誤った判断を下してしまうケースが頻発する。
そこで、本章では増分計算に不慣れな人々のために、さまざまなケースを通じて正しい増分計算の方法を解説していく。この具体例をもとに、実務で応用できるスキルを身につけてもらいたい。
増分計算とは、企業が新たな戦略的な決定や市場戦術を転換する際に、その決定によって収益や費用にどのような変化が生じるかを正確に把握するための計算方法です。この計算は、戦略や戦術変更が企業の収益や費用にどう影響するかを見極め、財務的な健全性を保つために必要です。
増分計算のポイント
増分計算の基本的な考え方は、「決定によって増減する部分」だけを計算対象にするという点です。通常、次のような計算式で表されます:
[
増分利益 = 増分収益 – 増分費用
]
- 増分収益:新たな決定によって得られる追加の収益
- 増分費用:新たな決定によって増加する費用(マイナスの増分も含む)
増分計算が必要な理由は、次のような誤った計算や思い込みを避けるためです。
- 全部原価計算の誤り:固定費や共通費を全ての部門や商品に配賦する「全部原価計算」だけで判断してしまうと、判断を誤る可能性が高まります。増分計算では、実際に増減する変動費や増分費用のみを対象にします。
- 付加価値率や粗利益率に基づく誤解:高い粗利益率だけで収益性が良いと判断せず、実際に得られる収益増を重視します。
- パーヘッド(人あたり)だけでなくグロス(全体)を見る:一人当たりの生産性や利益に偏らず、全体でどのくらいの収益増加やコスト増加があるかを判断材料とします。
- 増加費用だけを見て収益増を見逃さない:単にコストが増える点を見て判断せず、収益の増加面も考慮に入れます。
- 費用節減と収益減少のバランス:費用を削減する際に、同時に収益が減少するリスクも考慮します。
増分計算の意義
増分計算は、「部分の変動」にのみ注目し、企業全体の経理や固定費全てを計算に入れるのではなく、戦略決定によって直接影響する収益や費用の変動のみを計算するため、迅速で合理的な意思決定が可能です。この方法を活用すれば、企業は正確で効果的な判断を行いやすくなり、成長に必要な投資や市場対応に素早く反応できるようになります。
コメント