T社は小規模ながらも市場戦略に優れた家具問屋であり、中級品市場で地域トップの地位を築いています。
しかし、さらなる成長を求めて高級品分野への進出を図る中で、競争の激しい市場への参入が簡単でない現実にも直面しています。
こうした状況でT社長は、不況期を利用した戦略的アプローチや設備投資の重要性について再検討を重ね、長期的な競争力の強化に向けた様々な施策を模索しています。
1. T社の戦略と高級品への挑戦
T社は、規模こそ小さいものの、その市場戦略が光る家具問屋である。中でも中級品に特化し、特に箱物の分野では地域トップの地位を確立している。
市場のニーズに対して非常に精巧に応えた戦略が奏功し、これまで堅実な業績を維持している。なお、このような市場戦略の詳細については、拙著『一倉定の社長学』の中の「市場戦略・市場戦争」にも記しているため、参考にしてほしい。
T社長が掲げた商品戦略は、高級品への進出であった。
この判断は市場戦略的に見ても正解であり、小規模の企業が低価格の実用品に手を広げるのは得策ではない。
とはいえ、思い通りには進まない点もある。高級化の方向性を打ち出したものの、その展開が予想以上に難航しているのだ。
高級品のメーカーは数が少なく、しかも小規模企業が多い。その市場はすでに先行する業者たちによってしっかりと押さえられており、新規参入が難しい状況だ。
T社長も「何とか割り込めないか」と頭を悩ませており、相談を受けた私は「待ち」の戦略を勧めた。
その「待ち」とは、不況を待つという戦略だ。不況が訪れれば市場に揺らぎが生じ、新たな参入の機会が得られるかもしれない。
だが、その時をただ待つだけではなく、今のうちにT社長が定期的にメーカーを訪問し、関係を築いておくことが重要である。
不況の兆しが現れ、得意先別売上年計グラフでその動きが確認できた時が、次の行動に移るタイミングである。
T社長は、通常行っている定期訪問の回数を2〜3倍に増やし、メーカーとの関係強化にさらに力を入れる。
こうすることで、需要が低迷する中でも確実なつながりを築き、新たな機会を狙うための足場を固めておく戦略である。
次の不況時、この戦略が完璧とはいかなかったものの、T社長は二社の高級品メーカーと新たに取引を結ぶことに成功した。
高級品は不況の影響を比較的受けにくい傾向があるため、この定期訪問が奏功した可能性が高い。
地道に関係を築き続けたことが、厳しい時期においても取引への道を開く結果となったのだろう。
2. 不況期の戦略的アプローチ
古くから「家を建てるのは不景気の時がよい」と言われている。現代においては、これは設備投資に通じる考え方である。
余裕のある企業であれば、不況期にこそ積極的な設備投資を検討すべきである。
例えば、光洋ベアリング(現・ジェイテクト)は、オートバイ業界が不況に陥った際に設備投資を行ったとされている。このような戦略的な投資は、景気回復時に競争優位性を高める効果が期待できる。
外注工場の確保も、不況期にこそ効果的である。
不況によって仕事量が減少した工場は、新たな取引に前向きになることが多いため、以前から狙いを定めていた工場に対しては好況期から定期的に訪問を重ねておくことが大切だ。
そして、不況期に入ったら訪問頻度を増やし、関係を強化する。これにより、将来の需要回復時には外注体制が整い、スムーズに対応できる準備ができる。
3. 不況期の設備投資と外注確保の重要性
「不況期に外注品を内製化すべきではないか」と考える人もいるかもしれないが、実はそれは長期的な展望に基づいた戦略を欠いた会社の判断である。
確かに一時的なコスト削減にはなるかもしれないが、これは短期的な小器用さに過ぎず、真に優れた経営とは言えない。
優れた経営とは、不況時にも未来を見据え、外注先との関係を強化することで、将来の成長に備える戦略的な一手を打つことである。
不況は数年ごとに訪れるものであり、そのたびに対症療法的な対応で乗り切るか、あるいは体質強化を図るかによって、企業の長期的な成長には大きな差が生じる。
短期的な視点では不況をしのげても、体質強化によって未来に備える企業は、次の好況期において飛躍的な成長を遂げることができる。
不況時に外注品を内製に切り替えなければならない状況に陥るとすれば、自社の事業には何か根本的な欠陥が潜んでいる可能性がある。
その場合、ただ内製化でしのぐのではなく、事業のどこに問題があるのかを突き止め、根本から修正することに真剣に取り組むべきだ。
これは、短期的な対応に頼らず、企業の基盤を強化するための重要な自己点検となる。
4. 事業改善のための顧客訪問
不況時に外注品を内製化せざるを得ない状況に陥るならば、自社の事業に何らかの重大な欠陥がある可能性が高い。そのため、ただ内製化で対応するのではなく、まずはその欠陥を見極め、根本的な改善に取り組むべきである。
そうした問題を放置せずに対処することで、事業基盤を強固にし、将来的に不況に左右されにくい体制を築くことができる。
不況期の苦境の中で、まず取り組むべきは「我が社のどこが間違っているのか」を見つけ出すことだ。そのために最も有効かつ唯一の方法は、「お客様廻り」に徹することである。
お客様のもとを訪れ、何度も足を運び、真摯に向き合うことで、現場からの真実の声や改善すべき点が見えてくる。顧客との対話を通じて初めて、問題点や改善の糸口が浮かび上がり、事業の再構築につなげることができるのである。
まとめ
T社が長期的な成長を実現するためには、短期的な対策にとどまらず、不況期を逆に利用し、外注先との関係強化や体質改善に取り組むことが重要である。
顧客訪問を通じて自社の改善点を探り、外注に依存する短期的な施策ではなく、将来の成長を見据えた戦略的投資を進めることで、不況にも強い企業体制を築くことができる。
このようにして、T社は次の好況期に向けて確固たる競争力を備えることができる。
供給能力の増大には、長期的な視野に立ち、特に不況期に外注体制の強化を図る戦略が有効です。T社のケースでは、次のような戦略を実行しました。
不況期を活用した戦略的な供給能力の強化
- 高級品市場への進出準備:
T社は、不況期を見据えて高級品メーカーとの関係強化を進めました。不況期には、メーカーも売上確保のために取引先を広げようとする可能性が高まります。このタイミングを狙い、T社は高級品メーカーへの定期訪問を増やすことで、取引を成功に導きました。 - 設備投資と外注体制の整備:
不況期には需要が落ち込むため、製造設備や外注工場が稼働率を下げる傾向にあります。この時期を活かし、余裕がある場合は設備投資や外注工場の確保に動くことが賢明です。光洋ベアリングのように、オートバイ業界の不況時に設備投資を進めることで、回復期には強力な供給能力を備えることができた実例もあります。 - 外注品の確保と長期的な体質強化:
長期的には、需要が戻る好況期に向けて供給力を強化しておくことが重要です。外注工場との協力体制を築き、不況期にも安定供給が可能なネットワークを整えておくことで、回復期にスムーズに対応できます。 - お客様の声を反映する:
不況期には「お客様回り」を徹底し、顧客のニーズや潜在的な課題を吸い上げることが大切です。これにより、自社の事業の欠点や改善点が浮き彫りになり、不況を乗り越えるだけでなく、顧客信頼を得ることができます。
結論
不況期を「待ちの戦略」として活用し、供給体制を整備することは、競争力のある事業構造の土台となります。単に不況に耐えるだけでなく、不況期だからこそできる準備や強化策を進めることが、将来の成長に結びつくのです。
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