「欹器(きき)」という容器は、水が空のときは斜めに立ち、半分満たされると正しく安定するが、
水がいっぱいになると逆にひっくり返ってしまう。
また「撲満(ぼくまん)」という銭入れの器は、空のままなら完全な形を保つが、
いっぱいになれば壊して中身を取り出される。
このように、何事も「満ちすぎる」と崩れやすい。
だから君子は、あえて「無」や「不足」の境地に身を置く。
すべてが揃った「完璧」な状態よりも、どこか足りない「未完成」の方が、むしろ余白があり、安定している。
我欲で心を満たすのではなく、無欲で余白を持ち、柔らかく、謙虚に生きる。
それこそが、倒れず長く続くための智慧である。
原文とふりがな付き引用
欹器(きき)は満(み)つるを以(もっ)て覆(くつがえ)り、撲満(ぼくまん)は空(むな)しきを以(もっ)て全(まった)し。
故(ゆえ)に君子(くんし)は、寧(むし)ろ無(む)の居(きょ)に居(お)るも有(ゆう)に居(お)らず、寧(むし)ろ欠(けつ)に処(しょ)するも完(かん)に処(しょ)らず。
注釈(簡潔に)
- 欹器(きき):古代中国の象徴的な器。水が空なら傾き、半ばで安定、満ちると倒れる。慎みの象徴。
- 撲満(ぼくまん):銭貯め用の土器。満ちると打ち壊されるため、「満つれば壊れる」道理を示す比喩。
- 無に居る:無欲である、または何も持たぬ境地に身を置くこと。
- 欠に処る:どこか足りない、不完全な状態にいること。余白・伸びしろを持つ。
- 完に処る:全てが満ちた状態に執着すること。驕りや油断に通じる。
1. 原文
欹器以滿覆、撲滿以虚全。故君子、寧居無不居有、寧處缺不處完。
2. 書き下し文
欹器(きき)は満つるを以(もっ)て覆(くつがえ)り、撲満(ぼくまん)は虚(むな)しきを以て全(まっと)うす。
故に君子は、寧(むし)ろ無に居るも有に居らず、寧ろ欠(けつ)に処(お)るも完(かん)に処らず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳す)
- 欹器以滿覆。
→ 傾いた器(=欹器)は、いっぱいになるとすぐに倒れてしまう。 - 撲滿以虚全。
→ 貯金箱(=撲満)は空っぽであればこそ、壊れずに長く使える。 - 故君子、寧居無不居有。
→ だから君子(徳のある人)は、あえて“無”の中に身を置こうとして、“有”の中には身を置こうとしない。 - 寧處缺不處完。
→ あえて“欠けた状態”を受け入れ、“完全な状態”にはこだわらない。
4. 用語解説
- 欹器(きき):傾いていて不安定な器。満ちすぎるとすぐに倒れることの比喩。
- 撲満(ぼくまん):素焼きの壺などでできた昔の貯金箱。満ちると壊して使うが、空なら壊れない。
- 無(む)に居る:何もない、謙虚で満たされていない状態に安んじること。
- 有(ゆう)に居る:満ち足りた状態に安心し、驕ること。
- 欠(けつ)に処る:不完全な状態、欠けた部分を受け入れること。
- 完(かん)に処る:完全であること、満ち満ちた状態。油断・慢心の象徴。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
傾いた器は、水を満たせばすぐにひっくり返ってしまう。
貯金箱は中が空であれば壊されず、長く保たれる。
だから、徳のある人は、満ちた状態を求めず、あえて“無”の中に身を置こうとする。
また、完璧を追い求めるよりも、少し欠けた状態にとどまることを好む。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「満ちすぎることの危うさ」と「不完全を保つ知恵」**を説いています。
- 人間も物事も、「満ちた瞬間に崩れる危険」がある。
- 欠けているからこそ、余地があり、継続し、育つ。
- 君子=真に賢い人は、「一歩手前の控えめな状態」に価値を見出す。
これは、「足りなさを美徳とする東洋思想的な成熟」の表れであり、特に驕り・過信・油断の危険を戒めています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
▪ 成功の「満ちすぎ」は崩壊の予兆
市場シェア・売上・評価など、成功が“満ちた”ときほど油断や驕りが生まれ、組織や個人が崩れるリスクが高まる。
“欹器の理”を忘れずに慎みを持つことが重要。
▪ あえて「余白」を残すことで持続可能に
計画も体制も、“完璧を目指す”より、少し未完成の余白を残すことで変化に柔軟に対応できる。
「完」にこだわらないマネジメントが安定をもたらす。
▪ 謙虚さを保つための「無に居る」姿勢
地位・成果・資産があっても、あえて“足るを知る”控えめな姿勢を取ることで、信頼と持続的な成長につながる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「満ちれば崩れ、欠ければ育つ──“ほどほど”が真の安定をもたらす」
この章句は、過度な完成・過度な成功・過度な自己主張がもたらす危機に対し、「控えめにとどまる知恵」や「余白のある構え」がいかに大切かを教えてくれます。
現代のビジネスでも、「勝って兜の緒を締める」「謙虚に学び続ける」ことの価値を忘れずにいたいものです。
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