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時代に殉ぜず、時代に応ずる


一、原文の引用と現代語訳(逐語)

原文抄(聞書第二より)

時代の風と云ふものは、かへられぬ事なり。段々と落ちさがり候は、世の末になりたる所なり。一年の内、春計りにても夏計りにても同様にはなし。一日も同然なり。
されば今の世を、百年も以前の良き風になしたくても成らざることなり。
されば、その時代時代にて、よき様にするが肝要なり。
昔風を慕ひ候人に誤あるは此処なり。合点これなきなり。
又当世風計りと存じ候て、昔風を嫌ひ候人は、かへりまちもなくなるなりと。

逐語現代語訳

  • 時代の流れというものは、人の手では変えることができない。
  • 時代が衰えていくように見えるのは、それが周期の末にあるからであり、春や夏だけがあるわけではなく、季節が巡るように移ろうものだ。
  • ゆえに、今の時代を百年前の「良き時代」に戻そうとしても、それは叶わぬことである。
  • だからこそ、大事なのは「その時代に応じて最善を尽くす」こと。
  • 昔のやり方にだけ囚われる者は誤ることが多い。
  • また、今風のことだけを良しとして、昔風を嫌う者は“根無し草”となる。

二、用語解説

用語解説
時代の風時代ごとの価値観、風潮、文化のこと。
かへりまちもなし“根無し草”のように拠り所を持たず、軽く漂う人間。言動に芯がない状態を指す。
昔風/当世風前者は伝統・旧来の価値観、後者は流行・現代の価値観を指す。
段々と落ちさがり候世の風潮が堕落しているように見えること。だがそれも循環の一部であるとする。

三、全体の現代語訳(まとめ)

時代の風潮というのは、個人の意志で変えられるものではない。世の流れは季節のように巡るもので、常に「春」や「黄金時代」が続くわけではない。だからといって、過去の良き時代に戻そうとするのは誤りである。逆に、現代の流行ばかりを追って、伝統を蔑ろにする者もまた危うい。肝要なのは、その時代その時代に即して「最善の姿」を追求することである。


四、解釈と現代的意義

この章句は、懐古主義と流行主義の両極を戒める警句です。
山本常朝の生きた元禄時代、武士たちは泰平の空気の中で“かつての武勇”に憧れる者と、“今の快楽”に耽る者に二分されつつありました。

常朝は、過去の武士道をそのまま今に持ち込むのではなく、「いまこの時代の中で、どう生きるべきか」を真剣に問いました。

つまり、『葉隠』の本質とは、「不変の価値観」と「変化への対応力」の両立を求める思想なのです。
これはまさに、現代における“レガシー vs イノベーション”の問題と重なります。


五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

項目解釈・応用
組織文化古き良き理念(顧客第一、職人技など)を守りながらも、時代に応じて働き方・制度をアップデートする視点が必要。
リーダーシップ過去の成功体験に固執せず、変化の兆しを読みながらも「軸」を失わない判断を下す姿勢が求められる。
プロジェクト運営過去のフレームワークや慣習を否定も盲信もせず、目的達成のために最適な手法を選択する柔軟性。
ブランディング“伝統を語る”ことは価値だが、“懐古に浸る”ことはリスク。「古さに価値を与える」発想が求められる。

六、補足:「時代に殉ずるな、時代に応ぜよ」

常朝は、時代がどうあれ「変わらぬ心」を保ちつつ、その時代の中で最善を尽くすことを勧めました。

「伝統」とは、過去をなぞることではなく、“今”にどう生かすかにかかっています。

この思想は、『葉隠』を現代に読む我々にも、柔軟さと芯の強さの両方を求めているのです。


七、まとめ:この章が伝えるメッセージ

  • 時代は変えられない。しかし「変わる時代」にどう向き合うかは、自分で決められる。
  • 昔を懐かしむだけでは進めず、流行に流されても根無し草となる。
  • 真に大切なのは、“不変の志”を軸に、変化の中で花を咲かせる力である。
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