T社は、繊維業界で包装関連事業を展開しており、秋冬物が売上の大半を占める季節変動の激しいビジネス構造を持っています。
このような業界特性の中、下半期の閑散期には収益率が低下し、経常利益が赤字に転じる課題を抱えていました。
T社長の「粗利益率25%以下の仕事は受けない」という方針は、短期的には理にかなっているように見えますが、実際にはこの方針が下半期の赤字拡大を助長していました。
以下では、T社の課題と具体的な改善戦略を分析し、閑散期の収益向上に向けた示唆を導き出します。
1. 季節変動による収益構造の課題
T社の収益構造は、以下のように特徴付けられます:
- 売上高の偏り:売上の約70%が上半期に集中し、下半期は売上規模が小さい。
- 下半期の赤字:上半期の利益で下半期の赤字を補填し、通期で黒字を維持している。
- 固定費の影響:閑散期の固定費が大きな負担となり、利益率が低下。
下半期の低収益性は、単に粗利益率の問題ではなく、季節変動に伴う固定費の過剰負担が主な原因です。この点を無視し、粗利益率だけに固執する経営方針は、下半期の改善を妨げています。
2. 増分計算による収益改善の試算
T社の下半期における余剰労力を活用し、粗利益率28%の仕事を3,000万円受注した場合を試算しました。この増分売上による効果は次の通りです:
- 増分売上:3,000万円
- 増分粗利益:3,000万円 × 28% = 840万円
- 増分費用:150万円(変動費・小規模な経費増加)
- 増分経常利益:840万円 – 150万円 = 690万円
この結果、下半期の赤字が解消され、通期の経常利益が増加。利益率も向上することが示されました。
3. 閑散期の増分売上の重要性
T社の試算結果から、以下のポイントが浮き彫りになりました。
(1) 低い粗利益率でも全体の利益は向上
閑散期の増分売上は、固定費にほとんど影響を与えないため、その大部分が利益として反映されます。付加価値率が下がる場合でも、経常利益率が向上することが実証されました。
(2) 固定費の有効活用
閑散期には人員や設備が余剰状態になるため、これを活用することで追加費用を抑えた収益向上が可能です。このような閑散期対策は、会社全体の収益構造を改善する効果があります。
(3) 価格競争力の向上
低収益案件でも価格競争力を高めることで受注率が向上し、売上を安定的に確保できます。この戦略により、将来的な事業拡大や顧客基盤の強化も期待できます。
4. 粗利益率への固執が生む経営リスク
T社長が「粗利益率25%以下の仕事は受けない」という方針を堅持していた背景には、以下の誤解があります:
粗利益率と経常利益率の混同
粗利益率が高ければ経常利益率も高いと考えるのは誤りです。全体の固定費や余剰労力を考慮しない経営方針は、閑散期の赤字拡大を招きます。
全体最適の視点欠如
個々の案件での利益率に固執するあまり、閑散期の収益性向上や通期の黒字拡大という全体最適の視点を見失っています。
5. 経営戦略への示唆
T社が下半期の閑散期を活用し、収益性を向上させるための戦略は以下の通りです:
(1) 柔軟な受注方針の導入
粗利益率の基準を柔軟に設定し、閑散期には低い利益率でも受注する方針に転換する。増分計算を活用し、各案件の収益貢献度を定量的に評価することが重要です。
(2) 閑散期専用の収益モデル構築
下半期の余剰労力を活用し、固定費を吸収するビジネスモデルを構築する。例えば、短納期対応や低価格の製品・サービスを提供することで、価格競争力を強化します。
(3) 長期的な顧客基盤の育成
閑散期に新規顧客を獲得し、繁忙期への売上拡大に繋げる戦略を展開する。顧客との関係性を強化し、継続的な取引の基盤を構築します。
むすび
T社の事例は、閑散期の収益性向上が通期の経営安定化に直結することを示しています。粗利益率に固執せず、増分計算を活用して余剰リソースを効果的に活用することで、下半期の赤字を解消し、会社全体の利益率を向上させる道筋が明確になりました。
企業が季節変動や業界特性に苦しむ場合、短期的な粗利益率の基準に囚われず、全体最適の視点で収益構造を見直すことが不可欠です。T社のように増分計算を導入し、柔軟な受注戦略を展開することが、競争力強化と収益性向上の鍵となるでしょう。
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