空に現れた彗星を見て、太宗は天の警告と受け取り、自らの驕りを深く反省した。
「功績に酔い、身を慎まず、天を畏れぬ心があったのではないか」と自らを省みたことが、実は最も尊く、まさに為政者としての徳の表れである。
側近の虞世南は、歴代の王が彗星の出現を畏れ、徳を修めることで災いを避けた故事を引き、
「政治に誤りがなければ、いかなる災異も徳を損なうことはない」と諫言した。
さらに魏徴も、「真に恐れるべきは災異そのものではなく、それを省みる心を失うことだ」と重ねて諭した。
天変地異は、為政者の在り方を問いかける鏡である。
驕らず、初心を貫き、自省を忘れなければ、災いは災いに終わらず、徳の養分となる。
原文(ふりがな付き)
貞觀(じょうがん)八年、彗星(すいせい)南方(なんぽう)に見(あら)わる。長(た)け六丈(ろくじょう)、百餘日(ひゃくよじつ)を經(へ)て乃(すなわ)ち滅(ほろ)ぶ。
太宗(たいそう)、侍臣(じしん)に謂(い)いて曰(いわ)く、
「天(てん)彗星(すいせい)を見(あら)わすは、由(よ)るところは朕(ちん)に徳(とく)無(な)く、政(まつりごと)に虧失(きしつ)有(あ)るがためなり。是(これ)何(なん)の妖(よう)ぞや」
虞世南(ぐせいなん)對(こた)えて曰く、
「昔(むかし)、斉(せい)の景公(けいこう)の時(とき)彗星(すいせい)見(あら)わる。公(こう)、晏子(あんし)に問(と)う。
晏子對えて曰く、
『公(こう)、池沼(ちしょう)を穿(うが)ちては深(ふか)からざるを畏(おそ)れ、臺榭(たいしゃ)を築(きず)きては高からざるを畏れ、刑罰(けいばつ)を行(おこな)うに重(おも)からざるを畏れたり。
是(こ)れ以(もっ)て天(てん)彗星(すいせい)を現(あら)わして公を戒(いまし)めたるなり』と。
景公(けいこう)懼(おそ)れて徳(とく)を修(おさ)むるに、十六日(じゅうろくにち)にして星(ほし)没(ぼっ)す。
陛下(へいか)若(も)し徳政(とくせい)を修(おさ)めざれば、麟鳳(りんぽう)数(しばしば)見(あら)わると雖(いえど)も、是(これ)何(なん)の益(えき)かあらん。
但(た)だ政(まつりごと)に闕(か)け無(な)く、百姓(ひゃくせい)安樂(あんらく)ならば、災変(さいへん)有(あ)ると雖(いえど)も、何(なん)ぞ徳(とく)を損(そこ)なわんや。
願(ねが)わくは、陛下(へいか)功(こう)古人(こじん)に高(たか)しとして自(みずか)ら矜大(きょうだい)すること無(な)く、太平(たいへい)漸(ようや)く久(ひさ)しとして自(みずか)ら驕逸(きょういつ)すること無(な)からんことを。
若(も)し始(はじ)めの如(ごと)く一(いつ)に能(よ)くせば、彗星(すいせい)見(あら)わると雖(いえど)も、未(いま)だ憂(うれ)うべきに足(た)らず」
太宗(たいそう)曰(いわ)く、
「朕(ちん)の国(くに)を理(おさ)むるに、景公(けいこう)の失(しつ)に非(あら)ず。
但(た)だ朕(ちん)、年十八(じゅうはっさい)にして王業(おうぎょう)を経綸(けいりん)し、北(きた)に劉武周(りゅうぶしゅう)を剪(せん)し、西(にし)に薛舉(せつきょ)を平(たい)らげ、東(ひがし)に竇建德(とうけんとく)・王世充(おうせいじゅう)を擒(とら)え、二十四(にじゅうよん)にして天下(てんか)定(さだ)まり、二十九(にじゅうく)にして大位(たいい)に居(お)り、四夷(しい)降伏(こうふく)し、海内(かいだい)乂安(がいあん)たり。
自(みずか)ら謂(い)う、古来(こらい)英雄(えいゆう)撥亂(はつらん)の主(しゅ)にして、朕(ちん)に及(およ)ぶ者(もの)無(な)しと。頗(すこぶ)る自矜(じきん)の意(い)有(あ)り、此(こ)れ吾(われ)の失(しつ)なり。
上天(じょうてん)変(へん)を見(あら)わすは、良(まこと)に是(これ)がためなるか。
秦始皇(しんしこう)は六国(ろっこく)を併(あわ)せ、隋煬帝(ずいようてい)は四海(しかい)を富有(ふゆう)す。共(とも)に驕(おご)り且(か)つ逸(いつ)にして、一朝(いっちょう)にして敗(やぶ)る。
吾(われ)もまた、何(なん)ぞ自(みずか)ら驕(おご)ることを得(う)べけんや。言(こと)これを念(おも)うに、覺(おぼ)えず惕然(てきぜん)として震懼(しんく)す」
魏徴(ぎちょう)進(すす)みて曰(いわ)く、
「臣(しん)聞(き)く、古(いにしえ)より帝王(ていおう)にして災変(さいへん)無(な)き者(もの)有(あ)らず。
但(た)だ能(よ)く徳(とく)を修(おさ)めば、災変(さいへん)自(おの)ずから銷(しょう)す。
陛下(へいか)、天変(てんぺん)有(あ)るが因(よ)りて、よく戒懼(かいく)し、反(かえ)って思量(しりょう)し、深(ふか)く自(みずか)ら尅責(こくせき)す。
此(こ)の変(へん)有(あ)ると雖(いえど)も、必(かなら)ず災(わざわ)いと為(な)るに非(あら)ず」
注釈
- 彗星(すいせい):古代では災異の兆しとされ、君主の徳を試す天の現象と見なされた。
- 矜大(きょうだい):自らの功績を誇り、思い上がること。
- 惕然(てきぜん)震懼(しんく):深く反省し、身を引き締めるような恐れと緊張。
- 魏徴(ぎちょう):太宗の重臣。直言を恐れぬ忠臣として知られる。
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