裕福で高い地位にある者は、本来ならば心に余裕があり、寛大で温かいはずである。
しかし実際には、そうした立場の人ほど疑り深く、冷酷で苛烈な態度をとることがある。
これは物質的には豊かでも、心のあり方や行いが貧しいことの現れであり、
そのような精神状態では、真の幸福を得ることはできない。
また、聡明で才能のある人ほど、自分の力を控えめに表現すべきであるのに、
かえってそれをひけらかす者がいる。
これは、自分の欠点に気づかない愚かさであり、
そのような態度はやがて失敗を招くことになる。
地位や才能は、それを支える謙虚さと温かさがあってこそ真の価値を持つ。
「富貴(ふうき)の家(いえ)は宜(よろ)しく寛厚(かんこう)なるべくして反(かえ)って忌刻(きこく)なり。
是(これ)れ富貴にして其(そ)の行(こう)を貧賤(ひんせん)にするなり。如何(いかん)ぞ能(よ)く享(う)けん。
聡明(そうめい)の人(ひと)は、宜しく斂蔵(れんぞう)すべくして反って炫耀(けんよう)す。
是れ聡明にして其の病(やまい)を愚懵(ぐもう)にするなり。如何ぞ敗(やぶ)れざらん。」
注釈:
- 忌刻(きこく)…疑い深く、他人に対して苛酷な態度をとること。嫉妬や冷酷さを含む。
- 寛厚(かんこう)…寛容で心が広く、穏やかな人柄。
- 享けん(うけん)…享受できるか。幸福や成功を保てるかという問い。
- 斂蔵(れんぞう)…才能や知識を謙虚に内に秘めること。
- 炫耀(けんよう)…自分の優れた点を見せびらかすこと。
- 愚懵(ぐもう)…愚かで道理に暗いこと。自己認識の欠如。
1. 原文:
富貴家、宜寬厚而反忌刻。是富貴而賤其行矣。如何能享。
聰明人、宜斂藏而反炫耀。是聰明而愚懵其病矣。如何不敗。
2. 書き下し文:
富貴の家は、宜しく寛厚(かんこう)なるべくして、反って忌刻(きこく)なり。是れ富貴にして其の行いを貧賤(ひんせん)にするなり。如何ぞ能(よ)く享けん。
聡明の人は、宜しく斂蔵(れんぞう)すべくして、反って炫耀(けんよう)す。是れ聡明にして其の病を愚懵(ぐもう)にするなり。如何ぞ敗れざらん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「富貴の家は、宜しく寛厚なるべくして、反って忌刻なり」
→ 富や地位のある家は、本来は寛容であたたかくあるべきなのに、かえって細かく冷酷になってしまっている。 - 「是れ富貴にして其の行いを貧賤にするなり」
→ それでは、富貴でありながら、その振る舞いが貧しく卑しいものとなってしまう。 - 「如何ぞ能く享けん」
→ そんな状態で、どうしてその富貴を真に享受できようか。 - 「聡明の人は、宜しく斂蔵すべくして、反って炫耀す」
→ 聡明な人は、知恵や能力を内に秘めておくべきなのに、かえってそれをひけらかしてしまう。 - 「是れ聡明にして其の病を愚懵にするなり」
→ それでは、聡明であるがゆえの欠点が、かえって愚かさとなって表れてしまう。 - 「如何ぞ敗れざらん」
→ そのようでは、どうして失敗せずにいられようか。
4. 用語解説:
- 寛厚(かんこう):心が広くて情け深いこと。
- 忌刻(きこく):けちで細かく、他人に厳しすぎるさま。
- 貧賤(ひんせん):貧しく、身分の低いこと。ここでは“下劣な”の意で使用。
- 斂蔵(れんぞう):自分の力や財を内に秘めて控えること。
- 炫耀(けんよう):誇らしげに見せびらかすこと。
- 愚懵(ぐもう):愚かで分別のないこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
富や地位のある家は、本来寛容で情け深くあるべきなのに、かえって細かく厳しすぎると、
その行いは貧しく卑しいものになってしまい、本来の富貴を楽しむことができない。
また、聡明な人は能力を秘めておくべきなのに、それをひけらかしてしまうと、
その利口さがかえって愚かしさとなって表れ、失敗に至るだろう。
6. 解釈と現代的意義:
この章句は、**「過ぎたるは及ばざるがごとし」**という思想のもと、
人の立場や能力に応じた“控えめさ”“節度”の重要性を説いています。
- 富や権力がある者ほど、心に余裕と包容力を持つべき。
それがなければ、地位にふさわしい尊敬を得られず、むしろ軽蔑の対象となる。 - 頭の良い人ほど、誇らず、静かに力を発揮することが美徳。
ひけらかす態度は、かえって人を遠ざけ、信頼を損なう。
つまり、**「高い位置にある人ほど、謙虚であれ」**という普遍の戒めが込められています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き):
- 「地位が上がるほど、寛容と礼節を」
経営層や上司は、厳しさばかりでなく、温かさと尊重の姿勢を持たねば、部下や顧客から敬意を失う。 - 「能力のある人こそ、謙虚な姿勢を貫け」
“できる人”が自分を誇示しすぎると、妬みや軋轢を生む。
力を秘め、必要なときに静かに発揮する人物こそ、周囲に影響力を与える。 - 「富や知を“楽しむ”ためには“慎み”が必要」
それを持っていても、それにふさわしい品格と節度がなければ、本来の価値は引き出せない。
8. ビジネス用の心得タイトル:
「賢くあるほど、慎みを──地位も知恵も、控えめにしてこそ光る」
この章句は、社会的に成功した人ほど陥りがちな「傲慢」と「虚栄」を戒め、
本当の品格と影響力は、節度と謙虚さに宿ることを、静かに強く伝えています。
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