孔子は、魯の将軍・孟之反(もうしはん)の謙遜な姿勢について、深く賞賛してこう語った。
「孟之反は、自らの手柄を誇らない立派な人物だ。
戦で味方が敗走するとき、殿(しんがり=最後尾)を務めて、仲間を逃がすという極めて危険な役目を引き受け、見事に果たした。
それでも彼は、城門に戻るときに馬にムチを入れながらこう言った――
『手柄を立てようとして後方に残ったわけではない。馬が遅れていただけだ』」
孟之反のように、実際に功績をあげながらも、それを決して自分から語らず、むしろ偶然のように振る舞うことができる人物はまことに稀である。
本当に優れた人間は、自らを飾らず、周囲への配慮を忘れない。
それが自然と周囲の信頼や尊敬を生み、リーダーとしての真の品格を築く。
謙遜とは、弱さではない。真の強さのあらわれである。
ふりがな付き原文
子(し)曰(いわ)く、孟之反(もうしはん)、伐(ほこ)らず。
奔(はし)りて殿(しんがり)す。将(まさ)に門(もん)に入(い)らんとす。
其(そ)の馬(うま)に策(むちう)ちて曰(いわ)く、
敢(あ)えて後(おく)れたるに非(あら)ず。馬、進(すす)まざりしなり。
注釈
- 孟之反(もうしはん):魯の大夫。名は側(そく)、字(あざな)は之反。勇敢で慎み深い人物として知られる。
- 殿す(しんがりす):軍の最後尾に立って仲間を守る、極めて危険で責任の重い任務。
- 伐らず(ほこらず):自分の功績を誇らないこと。謙遜の意。
- 馬に策つ(むちうつ):謙遜を装う言動として、「馬が遅かっただけ」と他に原因を求める表現。
1. 原文
子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也、馬不進也。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、孟之反(もうしはん)は伐(ほこ)らず。奔(はし)りて殿(しんがり)す。
将(まさ)に門に入(い)らんとす。其(そ)の馬(うま)を策(むちう)って曰(いわ)く、
「敢(あ)えて後(おく)れたるに非(あら)ず。馬(うま)進(すす)まずなり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 子曰く、孟之反は伐らず。
→ 孔子は言った。「孟之反は、自らの功績を誇ることがなかった。」 - 奔りて殿す。
→ 「敵から退却するとき、彼は走って最後尾(しんがり)を務めた。」 - 将に門に入らんとす。其の馬を策ちて曰く、
→ 「城門に入るとき、彼は馬に鞭を打ちながら言った。」 - 敢えて後れたるに非ず。馬、進まずなり。
→ 「私はわざと遅れたのではない。ただ馬が進まなかっただけだ。」
4. 用語解説
- 孟之反(もうしはん):魯の武将。孔子がその謙虚さと忠誠を高く評価した人物。
- 伐(ほこ)る:自慢する。手柄を誇ること。
- 奔而殿(はしりて しんがりす):戦で撤退する際、最後に残って味方を守ること。非常に危険な役目。
- 策(むちうつ):馬に鞭を入れること。
- 非敢後也(あえて後れたるに非ず):自分の意志で遅れたのではない。
- 馬不進也(うま すすまず):馬が進んでくれなかった=謙虚な弁解。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は言った。
「孟之反は、自らの功績を誇るような人ではなかった。
退却の際には、自らしんがり(最後尾)を務めたが、
城門に入るとき、馬に鞭を入れてこう言った──
『私はわざと遅れたのではない。馬が進まなかっただけなのだ』と。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「謙虚さ」と「真の勇気」**についての、孔子による実例的評価です。
- しんがりを務めるというのは極めて危険で勇敢な行動。
- それにも関わらず孟之反は、手柄を誇るどころか、あたかも“たまたま”のように振る舞う。
- 孔子はこうした**「無名の美徳」「語らぬ功績」**を真に賢者の姿として賞賛している。
7. ビジネスにおける解釈と適用
● 「真に信頼される人は“語らぬ貢献”をする」
- プレゼンせずとも成果で語れる人、
チームのために危険を背負いながら、自慢しない人が周囲の信頼を得る。
● 「危険な役回り・損な仕事こそ、評価されるべき美徳」
- 誰もやりたがらないリスクある役回りを引き受けるのは、覚悟ある“しんがりの勇者”の仕事。
- そのうえで「馬が進まなかっただけ」と言える謙虚さは、本物のリーダーシップの証。
● 「成果を誇らず、他者を立てる姿勢が、組織を強くする」
- 自己アピールよりチーム全体の成果と安全を優先する人材こそ、文化と信頼をつくる。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「語らぬ功績、退かぬ覚悟──“しんがり”の美徳が人を導く」
この章句は、誇らず、恐れず、静かに尽くす人物の姿を、孔子が心から称えた逸話です。
リーダー研修、社内表彰基準、組織文化づくりの核心にふさわしい理念として活用できます。
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