**韓王 李元嘉(り げんか)**は、高祖李淵の第十一子であり、
太宗の弟にあたる人物である。
わずか十五歳で地方長官(潞州刺史)に任ぜられ、幼くして政務に就いたが、
その人格はすでに王者の器を備えていた。
あるとき、赴任中の潞州で、母の病を知ると、
元嘉は食も喉を通らず、涙に暮れた。
都に戻ったときには母はすでに他界しており、
彼は通常の喪礼をはるかに超えるほどの哀悼を示した。
その孝心に感銘を受けた太宗は、
何度も慰問の使いを送り、親しく元嘉を気遣ったという。
家庭の礼と兄弟の友愛
元嘉の家は清らかに整えられており、
士大夫(しだいふ)――すなわち教養ある文人のような生活を送っていた。
弟である魯哀王 李霊夔(り れいき)とは非常に仲が良く、
王族でありながら、兄弟の集まりではまるで布衣(庶民)のような謙遜な礼をもって接していた。
その身なりも態度も一貫して清廉であり、
当代の諸王の中でも、潔白さにおいて元嘉に並ぶ者はなかったとされる。
引用(ふりがな付き)
「哀毀(あいき)して禮(れい)に過(す)ぐ」
「閨門(けいもん)修整(しゅうせい)して、素士大夫(そしたいふ)のごとし」
「兄弟集見(しゅうけん)するに、布衣(ふい)の禮(れい)のごとし」
「身を修め己を慎むこと、内外如一(ないがいじょいつ)」
「当代の諸王、これに能くする者莫(な)し」
注釈
- 閨門(けいもん):家庭・家風を指す。私生活の整い。
- 素士大夫(そしたいふ):質素で教養ある官僚的文人。地位や華美を好まぬ人物。
- 布衣の礼(ふいのれい):庶民のような、飾らぬ礼儀と謙虚さ。
- 内外如一(ないがいじょいつ):内(家庭)でも外(公務)でも一貫した態度。誠実の象徴。
心得
「徳は血筋よりも姿にあらわれる」
王族であれ、庶民であれ、真の人徳は言葉よりも行いに宿る。
清廉と謙遜、兄弟への思いやり、そして親への孝行。
それを実生活の中で誠実に貫くことが、人の模範となる。韓王元嘉は、王の称号ではなく、その心と行動で王たる資質を示したのである。
以下に『貞観政要』巻一に記された、韓王・李元嘉に関する逸話を、これまでと同様の構成に基づいて整理いたします。
『貞観政要』巻一より
韓王李元嘉の孝行と修身の逸話
1. 原文
韓王元嘉、貞觀初、爲潞州刺史。時年十五、在州聞太妃有疾、便涕泣不食。
至京師發喪、哀毀過禮。太宗嘉其至性、屢慰勉之。
元嘉閨門修整、有類儒素士大夫。與其弟魯哀王靈夔甚相友愛、兄弟集見、如布衣之禮。
其修身齊己、表裏如一、當代諸王莫能及者。
2. 書き下し文
韓王・元嘉、貞観の初め、潞州の刺史と為(な)る。時に年十五、州に在りて太妃の疾(やまい)を聞くや、すなわち涕泣して食(くら)わず。
京師に至りて喪を発するに、哀毀(あいき)礼を過(す)ぐ。太宗、その至性を嘉(よみ)して、屢(しばしば)之を慰勉す。
元嘉の閨門(けいもん)修整(しゅうせい)、儒素(じゅそ)の士大夫に類す。
その弟・魯哀王・靈夔(れいき)と甚だ相友愛し、兄弟集(あつま)って見(まみ)ゆるに、布衣(ふい)の礼のごとし。
その修身・斉己(せいこ)、表裏如一(ひょうり・にょいつ)にして、当代の諸王、能(よ)く及ぶ者莫(な)し。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 韓王・李元嘉は貞観初年、潞州刺史に任命された。まだ15歳の若年であった。
- その任地で太妃(母)の病を聞くと、すぐに涙を流して食を絶った。
- 京師に戻って葬儀に臨むと、礼儀の限度を超えるほど身体をやつして喪に服した。
- 太宗(父)はその真心からの孝行を称賛し、たびたび慰めと励ましの言葉をかけた。
- 元嘉の家庭生活は端正で、まるで質素で節義ある士大夫のようであった。
- 弟の魯哀王・李靈夔とは深く兄弟愛に結ばれており、集まって顔を合わせる際には、私的で礼儀正しい布衣(庶民)のような振る舞いをした。
- その身の修め方と自己律し方は、内面と外面が全く一致しており、当時の諸王の中でも匹敵する者はいなかった。
4. 用語解説
- 韓王・李元嘉(かんおう・りげんか):唐の太宗(李世民)の子。品行・孝行に優れたことで知られる王族。
- 潞州刺史:地方の行政長官。若くして任命されたのは異例。
- 太妃:母または王妃を敬って呼ぶ称号。ここでは元嘉の母。
- 哀毀(あいき):喪に服して身体をやつすこと。
- 儒素士大夫:儒教的な節義と質素な生活を重んじる士大夫階級。
- 布衣(ふい):庶民・無官の人。形式張らず礼をわきまえた関係を指す。
- 修身斉己(しゅうしん・せいこ):「身を修め、己をととのう」自己修養の基本。
- 表裏如一(ひょうり・にょいつ):内面と外面が一致している誠実な人格のこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
韓王・李元嘉は、貞観の初年に若干15歳で潞州刺史に任命された。
その任地で母の病を聞くと、涙を流して食事も取らず、京師に戻って葬儀に臨んだ際には、礼儀の範囲を超えるほど身体をやつして悲しみに沈んだ。
この真心からの孝行に、父・太宗は深く感心し、たびたび彼を慰め励ました。
元嘉の私生活は質素で整っており、儒教を体現するような士大夫のようであった。
弟の魯哀王・李靈夔との関係も非常に親密であり、兄弟で会うときも謙虚に礼を尽くす姿勢を保っていた。
彼の自己修養は内面と外面が完全に一致し、当代の諸王たちの中でも並ぶ者がないほどであった。
6. 解釈と現代的意義
この逸話は、**若き王族における「孝」「兄弟愛」「私徳」「謙虚さ」「修身」**が結晶した人物像を伝えています。
とくに注目すべきは、形式的な礼ではなく、“真心からの感情と節度”をもって生きた人格者としての元嘉の姿です。
李元嘉のような人物は、外見や地位ではなく、行動と心の一致(表裏如一)によって信頼と尊敬を得るという儒家的理想を体現しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
- 「若くして任される人は、行動で“徳”を示す」
→ 年齢ではなく、誠実さと責任感をもって行動する人材が、信頼を勝ち取る。 - 「悲しみすらも“行動”で伝えることで、信頼と敬意が生まれる」
→ 感情を抑え込まず、真心をもって示すことで、人と組織の絆が深まる。 - 「兄弟(同僚)との関係も、礼と謙虚さが基本」
→ 対等な関係にあっても、節度ある振る舞いが信頼関係を築く鍵となる。 - 「内外一致の人格は、長期的な信頼を勝ち取る」
→ 表面上の印象ではなく、内面の誠実さを体現する行動が、真の評価をもたらす。
8. ビジネス用の心得タイトル
「若くして任される覚悟──行動と心が一致する者が、人を動かす」
この章句は、リーダーとしての徳や、人間関係における“真の信頼”を築く原理を教えてくれるものです。
コメント