達巷(たっこう)の村人は、孔子のことを「何でもできるが、何か一つに秀でているわけではない」と評した。
これは一見、批判のようにも聞こえるが、孔子はむしろそれをおもしろがり、弟子たちの前で少し茶目っ気のある返しをした。
「私も何か専門を決めて有名になろうかな。馬車を操る御者? 弓を射る射手? やっぱり御者にしようかな」——
こうした孔子の姿には、偉大な人であっても柔らかさやユーモアを忘れない「人間味」があらわれている。
厳格な教えを説く一方で、自分を笑いに変える余裕と優しさ。
本当に「できる人」ほど、近寄りがたくはない。むしろ、親しみやすさをまとっている。
原文(ふりがな付き)
「達巷(たっこう)の党人(とうじん)曰(いわ)く、大(だい)なるかな孔子(こうし)。博学(はくがく)にして名(な)を成(な)す所(ところ)無し、と。子(し)之(これ)を聞(き)き、門弟子(もんていし)に謂(い)いて曰(いわ)く、吾(われ)、何(いず)れを執(と)らん。御(ぎょ)を執(と)らんか、射(しゃ)を執(と)らんか。吾(われ)は御(ぎょ)を執(と)らん。」
注釈
- 達巷(たっこう)…魯の都・曲阜に近い村。孔子の評判が届いていた地。
- 党人(とうじん)…その村の住人。
- 博学(はくがく)…広く学んでいること。知識の豊富さ。
- 御(ぎょ)…馬車を操る技術。古代の実用的な職業技術のひとつ。
- 射(しゃ)…弓を射ること。礼儀作法や身体鍛錬の一環でもあった。
原文:
子罕言利與命與仁。
書き下し文:
子(し)、罕(まれ)に利(り)を言(い)う。命(めい)と与(とも)にし、仁(じん)と与(とも)にす。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 子罕言利:孔子は「利」について語ることがめったになかった。
- 與命與仁:「利」ではなく、「天命」や「仁」について語ることを重視した。
用語解説:
- 罕(まれ)に…言う:非常に少ない頻度でその話題に触れること。「避けている」というニュアンスを含む。
- 利(り):目先の利益、金銭的・功利的な得失。儒家思想ではしばしば軽視される対象。
- 命(めい):天命・運命。個人の力を超えた道理や天の定め。孔子にとっては倫理的判断の基盤でもある。
- 仁(じん):儒教の中心概念。人間愛、誠実、思いやりを含む徳の核心。
全体の現代語訳(まとめ):
孔子は、利害得失の話をすることはほとんどなく、
それよりも「天命」や「仁(思いやり・誠実)」について語ることを重んじた。
解釈と現代的意義:
この章句は、孔子の価値観の優先順位を端的に示しています。
「利益」よりも「仁」=人としての徳性や、「命」=運命を受け入れる謙虚さを大切にする姿勢です。
現代社会では「成果」や「利益」が重視されがちですが、孔子は「誠実」「信念」「運命を受け入れた行動」の方が人間として価値あると考えていました。
これは、道徳と実利がぶつかる場面において、自らの内面に忠実であることを促す教えです。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「利益第一」ではなく「信頼第一」の姿勢を重んじる
- 「短期的利益」を追って組織の信頼や顧客の信頼を損なうような行動は避けるべき。
- 孔子のように「仁」=顧客や同僚に対する誠実な対応を優先することで、長期的なブランド価値が育つ。
2. 不確実性を受け入れ、行動に誠実さを持つ
- ビジネスは思い通りにいかないことも多い。そうした「天命」を受け入れつつ、誠意ある行動を貫くことが重要。
- 「結果」より「姿勢と価値観」が問われる時代において、個人や組織の信頼形成の核心を突いている。
ビジネス用心得タイトル:
「利益より信念──“仁”を語る人が信頼を得る」
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