ある人が、由緒ある「禘(てい)の祭り」の意味を孔子に尋ねたとき、孔子は一見こう答えた――「私にはわからない」と。
だがそれは、祖国・魯の非礼を正面から批判したくないという配慮に満ちた沈黙であった。
孔子は続けて、「もしその本質を理解する者が天下を治めれば、それはまるで手のひらに示された物を見るように、明快に世の中をまとめられるだろう」と言い、その手のひらを指し示した。
しきたりや礼の根本を理解し、それに従える人物こそが、真に国を導く力を持つ。表面的な模倣では、天下は動かない。
しきたりを知るとは、形を守ることではなく、その背後にある本質をわきまえることである。
1. 原文
或問禘之説。
子曰、不知也。
知其説者之於天下也、其如示諸斯乎。
指其掌。
2. 書き下し文
或(ある)ひと禘(てい)の説(せつ)を問う。
子(し)曰(いわ)く、知らざるなり。
其(そ)の説を知る者の天下に於(お)けるや、其(それ)諸(これ)を斯(ここ)に示すがごときか、と。
其の掌(たなごころ)を指(さ)せり。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「或るひと禘の説を問う」
→ ある人が、禘祭(ていさい)の意味について孔子に尋ねた。 - 「子曰く、知らざるなり」
→ 孔子は答えた。「私は知らない」 - 「その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すがごときか、と」
→ (もし)その意味を本当に理解している者が天下にいるならば、まるで手のひらを指し示すように明快であるに違いない、と孔子は言った。 - 「其の掌を指せり」
→ そう言いながら、孔子は自分の掌(てのひら)を指さした。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
禘(てい) | 国家が始祖を祀る最重要な儀式。宗教・政治・倫理の象徴的な行事。 |
説(せつ) | 理由・意味・本質。ここでは「禘祭の持つ本質的意義」のこと。 |
或(ある)人 | 無名の人物。弟子または訪問者とされる。 |
掌(たなごころ) | 手のひら。象徴的に「明快なこと」「誰の目にもはっきりしていること」のたとえ。 |
示諸斯(これをここに示す) | 指し示して説明する、という意。分かりやすい・即答できることを表す。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
ある人が孔子に「禘祭(ていさい)の意味とは何か」と尋ねた。
孔子は、「私はその意味を知らない」と率直に答えた。
そして、「もしその意味を本当に理解している人がいたら、ちょうどこの手のひらを指し示すように、明快に説明できるだろう」と言って、自分の掌を指さした。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子の「誠実な知識の限界認識」と、「本質を理解する者は極めて稀である」という思想を表しています。
- 孔子は、「わからないことは、わからない」とはっきり言う勇気を持っていました。
- 禘祭のような大規模で格式ばった儀式の本質を、「自信をもって明確に説明できる人間など、実際にはいないのではないか」とほのめかしています。
- つまり、「本質を理解する者は、まれである。大多数は形式に流されている」という批判が含まれます。
- 掌(たなごころ)を指すしぐさは、本当にわかっていれば、これくらい簡単に説明できるのだが……現実には難しいという象徴。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「知らないことを“知らない”と言える誠実さ」
- 上司やリーダーであっても、すべてを知っているふりをするのではなく、「今はわからない」と正直に伝える誠実さが信頼を生む。
- 表面的にごまかすことよりも、「正直な無知」のほうが、長期的にはチームの信頼感を高める。
「本質を“掌を指すように”明快に説明できるか?」
- 複雑な制度・仕組み・ビジョンについて、「手のひらを指すように」シンプルに伝えられないなら、まだ十分に理解していない可能性がある。
- 真の理解者とは、難解な問題を噛み砕いて伝えることができる人。
「儀式・慣習の“意味”を問い直す勇気」
- 年中行事、評価制度、挨拶文化、報告フォーマット──その“なぜ”を問わずに続けている形式は、誰かが一度立ち止まって考える必要がある。
- その「意味」を本当に答えられる者が、組織の進化を導く。
8. ビジネス用の心得タイトル
「“わからない”と誠実に言える人が、信頼される」
〜掌を指すように語れないなら、本質はまだ遠い〜
この章句は、知識や儀礼の**「形式」ではなく、「本質と誠実さ」を重視する孔子の姿勢を見事に表しています。
現代のリーダーや組織にとって、“わかっているふり”の危うさ**を戒める、大変重要な教訓です。
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