――皇太子であっても、師には頭(こうべ)を垂れるべし
太宗は、皇太子が師傅を敬うことでこそ、真に道徳を学ぶ姿勢が育まれると考えた。
三師(太子太師・太子太傅・太子太保)は道徳をもって導く存在であるから、形式的にも実質的にも、師の位を軽んじてはならない。
そこで太宗は、皇太子が三師に接する際の儀式(儀注)を定めた。
その内容は極めて丁寧で、皇太子が門外で出迎え、先に礼をしてから三師が答礼し、門では三師に道を譲り、三師が座ってから初めて皇太子が着座するという徹底ぶりである。
さらに、書状の文頭・文末には「惶恐(こうく)」という言葉を添え、深い敬意を明示させた。
これは単なる形式ではない。
礼をもって敬意を示すことで、皇太子自身が「学ぶ者」としての謙虚さを身に付けることを意図している。
引用とふりがな(代表)
「三師(さんし)は徳をもって人を導く者なり。もし師の体(たい)卑(ひ)しければ、太子(たいし)これを取るに則(のり)無し」
――師の威厳なくして、太子の模範とはなり得ない
「名に惶恐(こうく)を冠(かぶ)らせ、後にも惶恐再拝(さいはい)と記さしむ」
――文字においても、礼を尽くす
注釈(簡略)
- 三師(さんし):太子太師・太子太傅・太子太保の三人。皇太子の教育・補佐を担う重職。
- 儀注(ぎちゅう):儀礼の作法や順序。政治的・道徳的秩序を形で表現するもの。
- 惶恐(こうく):恐れかしこまる意。書簡などで最大級の敬意を表す定型表現。
- 讓(じょう):道を譲る、座を譲るなど、敬意を示す行動の一つ。
以下は『貞観政要』巻一より、貞観十七年における三師(太子の教育官)への礼儀制度整備に関する章句を、通常の整理構成で提示いたします。
『貞観政要』巻一:貞観十七年 三師制度と太子の礼儀
1. 原文
貞觀十七年、太宗謂司徒長孫無忌、司空房玄齡曰、
「三師以德教人者也。若師體卑、太子無由取則」。
於是詔令撰太子接三師儀注。
太子出殿門、先拜三師、三師答拜、每門讓三師。三師坐、太子乃坐。與三師書、前名惶恐、後名惶恐再拜。
2. 書き下し文
貞観十七年、太宗は司徒長孫無忌および司空房玄齡に語って言った。
「三師は、徳をもって人を教える者である。もし師の体が卑しければ、太子はこれを範とすることができない」。
そこで詔して、太子が三師に接するための礼儀作法を制定させた。
太子が殿門から出るときには、まず三師に拝礼し、三師がこれに答礼する。門を出入りするたびに、三師に先を譲る。三師が座ったのち、太子が座る。三師に書簡を送る際は、書の前文と後文ともに「惶恐(こうく)」と記し、さらに再拝の意を表す。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 貞観十七年、太宗は長孫無忌と房玄齡に語った。
- 「三師は徳によって人を教える者である。
- もしその師が地位や品格において卑しければ、太子が模範とすることはできない」。
- そのため、太宗は太子が三師に対して行う礼儀の詳細を定めさせた。
- 太子が殿門を出る際には、まず三師に拝礼し、三師がこれに答礼する。
- 各門を出入りするときも、常に三師に先を譲る。
- 三師が座ってから、太子が座る。
- 書簡を送る際には、冒頭と末尾に「惶恐」と書き、深くかしこまって再拝の意を示す。
4. 用語解説
- 三師(さんし):太子の教育を担う三人の高官。太傅・太保・太師の三職で、師道の最高位。
- 師體卑(したいやすし):師の地位・人格が軽んじられること。ここでは「尊厳の欠如」を意味。
- 惶恐(こうく):きわめて恐れかしこまる意。「惶恐再拝(かしこみ ふたたび はいす)」は謙辞の最上級。
- 撰儀注(ぎちゅうをせんす):作法・儀礼のマニュアルを整えること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
太宗は「三師は徳により太子を教育する立場であり、その尊厳が失われては模範とならない」と述べ、三師の地位と礼遇を厳重に整えるべきだと主張した。これにより、太子が三師に対して最大限の礼を尽くすことが制度化され、教育上の尊師重道が徹底された。
6. 解釈と現代的意義
この記述は、教育者の権威と品位が学びの効果に直結するという理念を象徴しています。
- 尊敬できる人物からこそ、学びは成立する
人格と威厳がなければ、教育効果は期待できない。 - 上下関係の明確化による教育秩序の確立
制度的に礼を設けることで、権威の空洞化を防止する。 - 「教える者を敬うこと」は、「学ぶ意欲」と同義である
学ぶ者の姿勢も、制度と文化の中で形づくられる。
7. ビジネスにおける解釈と適用
- 部下にとっての教育担当・上司に対する敬意の制度化
→ オンボーディング担当やメンターが、自然と尊敬される存在であるよう、制度・文化でサポートする。 - リーダー育成では、権威ある教育者を任命すべき
→ 単なる知識ではなく、人格・信念のある人を育成役に据える。 - 上下関係のメリハリと礼儀の明文化
→ 年功や肩書きの名目ではなく、「何を教える人なのか」「どう接するか」を明確にすることが信頼と学習環境を高める。
8. ビジネス用の心得タイトル
「学ぶ者は、まず教える者を敬え ― 権威ある教育が人をつくる」
この制度は単なる礼儀ではなく、「教える側を敬することで、自らを律する姿勢を育む」という太宗の深い教育哲学がにじんでいます。
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