孟子は、「名を好む人」、つまり名誉や誇りを重んじる者の気高さを語っている。
こうした人物は、たとえ千乗(せんじょう)の国=大国の支配権であっても、自らの節義に反するならば、進んでそれを他人に譲ることができる。
一方で、名を重んじない者、すなわち徳の備わっていない人物は、一椀の豆の汁や一杯の飯といった些細なものにさえ、欲が顔にあらわれてしまう。
欲望は隠しきれず、些事においてこそ人の本質が露呈する。
孟子のこの言葉は、「名誉を求めること」は必ずしも否定されるべきではなく、節義や誇りを守る心とつながっていると読み取れる。
名を惜しみ、恥を知る心があるからこそ、大きなものを捨て、小さな欲望に支配されない生き方ができるのだ。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)曰(いわ)く、名(な)を好(この)むの人(ひと)は、能(よ)く千乗(せんじょう)の国(くに)を譲(ゆず)る。苟(いや)しくも其(そ)の人に非(あら)ざれば、簞食(たんし)豆羹(とうこう)も色(いろ)に見(あら)わる」
注釈
- 名を好む人…名誉や節義を重んじる人物。ここでは肯定的な意味で使われている。
- 千乗の国…大国。千台の戦車を持つほどの規模をもつ国の比喩。
- 譲る…道義に基づき、自らの欲を抑えて権力などを他人に渡すこと。
- 苟非其人(いやしくも そのひとにあらざれば)…もしそのような徳を備えた人物でなければ。
- 簞食豆羹(たんしとうこう)…一杯の飯や一椀の汁。取るに足らない、ささやかなもの。
- 色に見わる…顔つきや態度に欲があらわれてしまうこと。
1. 原文
孟子曰、好名之人、能讓千乘之國。苟非其人、簞食豆羹、見於色。
2. 書き下し文
孟子(もうし)曰(いわ)く、名(めい)を好(この)むの人は、能(よ)く千乗(せんじょう)の国を譲(ゆず)る。
苟(いやし)くも其(そ)の人に非(あら)ざれば、簞食(たんし)・豆羹(とうこう)も色(いろ)に見(あら)わる。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 好名之人、能讓千乘之國。
→ 名誉を重んじる人物であれば、大国(千乗の国)であっても譲ることができる。 - 苟非其人、簞食豆羹、見於色。
→ しかし、それが本当に徳のある人物でなければ、わずかな食事(飯一簞と豆の汁)でも、恩に着せて顔に表してしまう。
4. 用語解説
- 好名(こうめい):名誉・評判を大切にすること。「名を重んじる」とも。
- 千乗之國(せんじょうのくに):戦車千両を擁する大国。裕福で強国であることの象徴。
- 苟(いやしくも):仮に・もし・たとえ。ここでは「本当にそうでなければ」の意味。
- 簞食(たんし):一簞の飯。竹で編んだ小さな器に盛った食事の意。ごく僅かな食事。
- 豆羹(とうこう):豆の汁物。貧者が口にする簡素な料理。
- 見於色(いろにあらわる):態度や表情に出る。恩を売る、押し付けがましい様子を表す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「名誉を重んじる人物であれば、国家をも譲ることができる。しかし、それが本当に徳のある人物でなければ、ほんの僅かな食事を与えただけでも、恩着せがましく態度に表してしまう。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「真の品格とは、与え方に現れる」**という孟子の鋭い洞察を示しています。
- 名誉を重んじる人物は、たとえ国家レベルの大事でも譲るほどの潔さと節操を持つ。
- 逆に徳が備わっていない人間は、ほんのわずかな施しにも見返りを求め、態度や表情にそれをにじませる。
孟子はここで、**「行為の大小ではなく、人格の厚薄が問題だ」**と述べています。
本当の徳のある人は、与えることに見返りを求めず、静かに行動する。これが「仁」の実践であり、人格者の証です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「本物のリーダーは、与えるが押し付けない」
- 名誉を大切にする人(=誠実な人)は、部下や後進に功績を譲る度量がある。
- 逆に、徳のない者は、小さな施しやサポートでも「してやった」感を出し、信頼を失う。
「“与える姿勢”に本質が表れる」
- 報酬・役職・言葉かけなど、どんな小さな行為にも人格が出る。
- 本当に徳がある人は、相手のために何かをしても、あえてそれを表に出さない。
「恩着せがましい支援は、支援ではない」
- 社内でよくある「昔助けてやっただろう」的な態度は、組織文化を損ねる毒になる。
- 見返りを求めない支援が信頼を育て、健全な関係を生む。
8. ビジネス用心得タイトル
「与えて語らず──真の徳は、譲る心と沈黙に宿る」
この章句は、リーダーシップ・人間関係・信頼構築といったあらゆる場面に通じる**「与える者の品格」**を説いています。
孟子の言葉は、「どう行動するか」よりも、「どんな心で行うか」を問うものです。
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