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石橋を叩いて渡れ

グルメは、「世界のサンドイッチ五十五種類」というキャッチコピーのもと、サンドイッチ一筋で成功を収めている企業だ。もともとはパン製造を手がけるマルエス食品という会社だったが、事業をサンドイッチ専門に切り替えた。興味深いのは、サンドイッチ専業に転換したにもかかわらず、自社でパンを製造せず、使用する食パンを外部から調達している点だ。

普通の社長なら、自社で食パンを生産する道を選びそうなものだ。しかし、それをあえてやらないという判断は、一見すると大したことのないように見えて、実は非常に見事な割り切り方だといえる。

グルメの成功は、どれほど平凡に見える商品であっても、経営者の発想次第で個性と魅力を持った事業に変えられることを示している。

管野良一氏は、日本国内での成功にとどまらず、自社のサンドイッチを引っ提げて海外市場への進出を目指した。その第一歩として、アメリカ市場への再参入を狙った。

その実現のため、管野良一氏は社長の座を弟に譲り、自らは会長職に就いて新事業に専念した。まず手始めに、ハワイ・ホノルルに一つのパイロットショップを開設し、自身もホノルル郊外に移住するという覚悟を示した。まさに身を挺しての挑戦である。パイロットショップは、カラカウア通りの端に位置するわずか一千スクエアフィート(約二十坪)の小さな店舗だったが、管野氏はその小さな空間に全力を注ぎ込んでいた。

この店舗では、日本式というよりも管野式と呼べる独自の商法が通用するかを試した。その結果は上々で、来店客の約九割が日本人以外という状況を生み出し、店は見事にハワイの文化に溶け込んだ。開店から一年ほど経った頃、ホノルルの地元新聞(日本語新聞ではない)に「ジャパニーズ・サンドイッチ・キング」として紹介されるまでに成長。これは、現地での確かな評価と成功を物語る出来事だった。

この成果を踏まえ、ついにアメリカ本土への進出を決断。選んだ拠点はポートランドだった。ここでも慎重さを崩さず、アメリカ本土におけるパイロットショップとして位置づけていた。その慎重さには驚かされる。

昭和五十年の春、私はアメリカ旅行の帰路にホノルルで一泊する機会を得た。目的は時差ボケの調整だったが、そこで目にしたものは管野氏の挑戦の足跡だった。

せっかくの機会とばかりに、ホノルルのグルメを訪ね、管野氏から直接話を伺った。それは、ポートランドへの出店を果たして間もない頃のことだった。ホノルルの店舗は、毎朝朝食を求める客で店先に行列ができるほどの繁盛ぶりを見せており、ポートランドの店舗も順調なスタートを切ったという話だった。その成功は、管野氏の確かな戦略と努力の賜物であることを強く感じさせた。

管野氏の話から伝わるのは、徹底した顧客第一主義の姿勢だ。最も苦労するのは「お客様の好みを把握すること」だと語る。たとえば、ホノルルではハンバーグ系のサンドイッチが人気だが、ポートランドでは「スキヤキサンド」が圧倒的な支持を集めているという。地域ごとに異なる顧客の嗜好を見極め、それに応じた商品を提供する柔軟さが成功の鍵となっているのだ。

現在、管野氏はホノルルとポートランドの店舗を管理するために、飛行機で両地を行き来する多忙な日々を送っている。このエネルギッシュな姿勢が、事業の発展を支えているのだろう。

管野氏の話によれば、アメリカに進出する日本人の中には、日本人をターゲットに商売をしようとする者が少なくないという。しかし、その多くは失敗に終わる。「外国に進出するなら、その国の人々を相手に商売をするのが本来のあり方だ」というのが、管野氏の信念だ。その言葉通り、管野氏はアメリカ人をターゲットに据え、見事に成功を収めている。

彼の確固たる姿勢と実績を目の当たりにし、私は管野氏の事業がこれからもさらに発展していくことを強く期待しつつ、その場を後にした。

この事例は、「新事業をどのように推進するか」という課題に対して、非常に貴重な教訓を示している。市場の特性を見極め、柔軟かつ大胆な行動を取ることの重要性、そして顧客第一主義を徹底する姿勢が、いかに成功を導くかを具体的に教えてくれる実例だ。

第二の教訓は慎重さにある。人によっては「慎重すぎる」「そこまで用心する必要はないのでは」と感じるかもしれないが、この慎重さこそ成功を支える本質だ。管野氏のビジョンは、おそらく世界中への進出を見据えた壮大なものだろう。しかし、その野心的な構想に反して、実際の行動は驚くほど慎重かつ計画的だ。

特に未知の外国市場に進出する場合、どれほど入念に準備を重ねても予想外のリスクが潜んでいる可能性がある。そのため、綿密な調査と段階的な展開を怠らない管野氏の姿勢は、成功を持続させる上での重要なポイントといえる。

たとえば、化粧品メーカーのエーボンが日本市場に進出した際、大規模なアメリカ式の事前調査を行ったにもかかわらず、重要な部分でミスを犯してしまった。その例が、クリームの価格設定を780円としたことだ。日本市場において、低価格帯の商品ならともかく、高価格帯の化粧品では十円単位の値付けは一般的ではない。この文化的な感覚を見落とした結果、エーボンは日本の消費者から違和感を抱かれ、期待したような成功を収めることができなかった。

さらに、780円という中途半端な価格設定では、高級化粧品としてのイメージを顧客に印象づけることができなかった。このため、日本の訪問販売員であるエーボンレディたちからも、「せめて1500円にしてくれたらもっと売りやすいのに」という嘆きの声が上がったという。

対照的に、エスティローダはその点で非常に巧妙な戦略を取った。クリーム1個を数万円という高価格に設定し、販売チャネルも超一流店に限定。これにより、高級品としてのブランドイメージを強固に確立し、顧客の信頼と憧れを獲得することに成功したのである。この違いが、文化的感覚を取り込むことの重要性を物語っている。

話を元に戻すと、未知の市場にはどんな抜け穴があるか予測できないからこそ、パイロットショップを設けて実験することが必要になるのだ。そこで得られる実地のデータは、計画段階では見えなかった課題や修正点を浮き彫りにする。もし思い違いやミスがあれば、早期に軌道修正が可能であり、その際の損害も最小限に抑えられる。この段階的アプローチが、失敗のリスクを大幅に減らす鍵となる。

新事業で失敗する社長の典型的な例は、前項で触れたように、売れるかどうかも分からない段階で「これは売れる」と決めつけてしまうタイプだ。一度そう信じ込んでしまうと、後は現実を省みずに猪突猛進してしまう。その結果、市場の反応を見極める機会を失い、予想外の壁にぶつかって挫折することになる。慎重さを欠いたこうした姿勢が、多くの失敗を生む原因となっている。

新事業に失敗する社長の典型例は、売れるかどうかの見通しが不透明な段階で、初めから「これは売れる」と決めつけてしまうタイプだ。一度そう信じてしまうと、市場の実態や顧客の反応を無視し、後先考えずに突き進む。こうした猪突猛進型の行動は、慎重さを欠き、予想外の失敗を招くことが少なくない。市場調査や段階的な検証を怠ることが、結果として新事業の命取りになるのだ。

さらに、最初の一個目の販売や初年度から大きな利益を狙い、大風呂敷を広げてしまう結果、大失敗に終わることも多い。こうした猪武者的な姿勢は、一見すると勇ましく映るが、実際には極めて危険だ。市場のリスクを軽視し、計画性を欠いたまま大規模な展開に踏み切ることが、失敗の大きな原因となる。新事業では、地道で慎重な取り組みが不可欠である。

事業とは、焦らずじっくりと腰を据えて取り組むものだ。一年や二年といった目先の結果にとらわれず、五年、十年先の未来を見据えて計画を進めるべきである。特に、スケールの大きな事業であればあるほど、最初の段階では慎重さが求められる。小さなステップから始め、確実に土台を固めることで、長期的な成功への道が開けるのだ。短期的な欲に駆られて軽率な行動を取ることは、事業の成長を阻害する最大のリスクとなる。

第二の要点は、言うまでもなく、顧客の要求を的確に観察し、それに応える姿勢だ。管野氏は、自らの目で見て耳で聞き、肌で感じ取ることで顧客のニーズを深く理解している。まさに、私が常々主張している「顧客中心の経営」を実践しているのだ。

この姿勢こそが、管野氏の事業成功の根幹であり、その徹底ぶりが事業を支えている。だからこそ、この事業は現在の成功にとどまらず、将来も間違いなく成功し続けるだろうと、私は自信を持って断言できる。

新規事業を成功させるためには、「石橋を叩いて渡る」慎重さが欠かせません。グルメの例で示されるように、新しい市場や製品に進出する際には、十分な準備と冷静な観察が必要です。以下に、慎重なアプローチのポイントを整理します。

1. 社長自らが率先して取り組む

  • 管野氏のように、自ら現場に足を運び、顧客の反応を直接確認する姿勢が、新事業の成功には不可欠です。新しいことを始めるとき、経験豊富な社長自身が自ら動き、現場での細かい調整や改善を指揮することで、他人任せにする場合には得られない気づきが得られます。

2. 小規模から始める

  • 成功を確信していても、最初から大々的に展開せず、まずは小規模な試験的な店舗や製品ラインで実験することが重要です。新しい市場では、予期せぬ課題や失敗がつきものです。失敗した場合も、パイロットショップであれば損失は少なく、調整や改善もしやすいです。

3. 顧客の声に耳を傾ける

  • 新しい市場で顧客が何を求めているかを理解するためには、現場で顧客の反応や好みをじっくり観察することが必要です。たとえば、管野氏はホノルルとポートランドの顧客の好みに応じて異なる商品を提供しています。このように、顧客の声を受け入れ、柔軟に対応する姿勢が、事業の成功に貢献します。

4. 長期的視野で取り組む

  • 新事業の立ち上げには、1年や2年ではなく5年や10年先を見据えることが大切です。特に大きなスケールで事業を考えるときには、焦らずに慎重に進める必要があります。初めから急成長を狙わず、少しずつ拡大することが安定した成長をもたらします。

5. 失敗を避けるために「石橋を叩いて渡る」

  • 初めから成功を前提とした大規模な展開は危険です。むしろ失敗を前提にリスクを最小限に抑える姿勢が必要です。慎重な調査とパイロットテストを重ねることで、大きな失敗を回避しながら、確実な成功に近づけます。

「石橋を叩いて渡る」精神を徹底することで、リスクを最小限に抑え、持続的な事業拡大のための堅実な基盤を築くことが可能です。

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