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天命は人の力を超えて働く――徳のみでは天下を得られぬ理由

孟子は、舜・禹・益の継承と、その子や後継者たちの賢不肖の違いを通して、天命と人力の限界を明確に説いた。
舜や禹のような人物が天下を得たのは、高い徳と、天子からの推薦という二つの条件が揃っていたからであり、孔子が天下を得なかったのは、徳はあっても天子の推薦がなかったためである。
また、血統によって天下を継ぐ者も、暴君でなければ天がそれを廃することはない。
このように、天命とは人が計画して得られるものではなく、「自然にそうなる」ものである


原文と読み下し

丹朱(たんしゅ)は不肖(ふしょう)、舜(しゅん)の子も亦(また)不肖なり。
舜の堯(ぎょう)に相(しょう)たり、禹(う)の舜に相たるや、歴年(れきねん)多く、澤(たく)を民に施(ほどこ)すこと久し。
啓(けい)、賢(けん)にして、能(よ)く敬(つつし)んで禹の道を承け継ぐ。
益(えき)の禹に相たるや、歴年少なく、澤を民に施すこと未(いま)だ久しからず。

舜・禹・益、相去ること久遠にして、其の子の賢不肖なる、皆天(てん)なり。人の能く為す所に非(あら)ざるなり。
之を為すこと莫くして為る者は、天なり。之を致すこと莫くして至る者は、命なり。

匹夫(ひっぷ)にして天下を有(ゆう)つ者は、徳(とく)必ず舜・禹の若(ごと)くにして、又天子の之を薦(すす)むる者有り
故に仲尼(ちゅうじ/孔子)は天下を有たず。

世(よ)を継(つ)いで天下を有つ者、天の廃(はい)する所は、必ず桀(けつ)・紂(ちゅう)の若き者なり
故に益・伊尹(いいん)・周公(しゅうこう)、天下を有たず。


解釈と要点

  • 舜や禹が天命を得たのは、長年宰相として民に恩恵を施し、その徳が明らかになっていたから
  • 禹の子・啓は賢明で、かつ父の功績も受け継ぎやすかったが、益は推薦されながらも、宰相としての実績が少なかったため、民からの支持を得られなかった。
  • 孔子の徳は高かったが、当時の天子から推薦を受けていなかったため、天下を得るには至らなかった
  • 天命とは、人が無理に求めたり操作したりして得られるものではない。「為すこと莫くして為る」「致すこと莫くして至る」=天命は自然にそうなるものである
  • 世襲でも、暴君でなければ廃されないことから、益や伊尹、周公のように徳が高くても、正統な君主の座にはつかなかったという説明がなされる。

注釈

  • 不肖(ふしょう):親や祖に似ず愚かであること。謙遜の意味でも現代でも用いられる。
  • 相(しょう):宰相として仕えること。補佐役。
  • 相去ること久遠にして:宰相として務めた年数に差があること。
  • 之を為すこと莫くして為る者は天なり:人が何かをしようとせずとも自然にそうなるもの、それが天の働きである。
  • 匹夫(ひっぷ):身分の低い一般人のこと。孔子のように制度外から天下を得る可能性について言及。

パーマリンク(英語スラッグ)

heaven-acts-where-humans-cannot
→「天は人が為し得ぬところで働く」という孟子の天命観を端的に表現したスラッグです。

その他の案:

  • virtue-alone-is-not-enough(徳だけでは足りない)
  • why-confucius-never-ruled(なぜ孔子は天下を取らなかったか)
  • power-must-meet-mandate(権力には天命が伴わねばならぬ)

この章は、天命の不可思議さと、徳・制度・歴史的流れの交差点を説いており、「誰が君主になるべきか」という儒教政治思想の核心を示しています。

1. 原文

コピーする編集する丹朱之不肖、舜之子亦不肖。
舜之相堯、禹之相舜也、歷年多、施澤於民久。
啓賢、能敬承繼禹之道。
益之相禹也、歷年少、施澤於民未久。
舜・禹・益、相去久遠、其子之賢不肖、皆天也。
非人之所能爲也。
莫之爲而爲者、天也。
莫之致而至者、命也。
匹夫而有天下者、德必若舜・禹、而又有天子之薦之者。
故仲尼不有天下。
繼世以有天下者、天之所廢、必若桀・紂者也。
故益・伊尹・周公不有天下。

2. 書き下し文

コピーする編集する丹朱(たんしゅ)は不肖なり。舜(しゅん)の子もまた不肖なり。

舜の堯(ぎょう)に相(あいた)るや、禹(う)の舜に相たるや、年を歴ること多く、民に沢(たく)を施すこと久し。

啓(けい)は賢にして、よく禹の道を敬いて承け継ぐ。

益(えき)の禹に相たるや、年を歴ること少なく、民に沢を施すこと未だ久しからず。

舜・禹・益、相去(さか)ること久遠にして、その子の賢不肖なる、皆天なり。

人の能(あた)うるところに非(あら)ざるなり。

これを為すこと無くして為る者は、天なり。

これを致すこと無くして至る者は、命なり。

匹夫(ひっぷ)にして天下を有(たも)つ者は、徳必ず舜・禹のごとくにして、また天子のこれを薦(すす)むる者あるなり。

故に仲尼(ちゅうじ:孔子)は天下を有たず。

世を継いで天下を有つ者にして、天のこれを廃する所は、必ず桀(けつ)・紂(ちゅう)のごとき者なり。

故に益・伊尹(いいん)・周公(しゅうこう)は天下を有たず。

3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「丹朱(堯の子)は不肖だった。舜の子もまた不肖だった。」
    → 血筋に関わらず、徳のない者には王位が継がれない。
  • 「舜は堯を補佐し、禹は舜を補佐した。どちらも長年にわたり、民に恩恵を与えてきた。」
    → 王位にふさわしい徳と実績を積んだ。
  • 「啓(禹の子)は賢く、父・禹の道をよく受け継いだ。」
    → 啓は天命にふさわしい者として王位を継いだ。
  • 「益(禹の補佐)は仕えた年が短く、恩恵を広く施すには至らなかった。」
    → 徳はあっても“天命の時”が足りなかった。
  • 「舜・禹・益の時代は離れており、彼らの子が賢いか不肖かは天が決めることだ。」
    → 王位の継承は個人の努力ではどうにもならない。
  • 「人の力でどうにかできるものではない。」
  • 「誰かが為そうとしなくても、為されてしまうのが“天”である。」
  • 「誰かが求めなくても、訪れるのが“命”である。」
  • 「一介の民間人であっても、天下を得る者は舜・禹のような徳を持ち、かつ天子からの推薦があって初めて成立する。」
  • 「だから孔子(仲尼)は天下を得なかった。」
    → 徳はあったが、“時”と“天の機”がなかった。
  • 「世襲によって天下を継いだ者でも、天に見放されれば、それは桀・紂のように滅ぶことになる。」
  • 「だから益、伊尹、周公のような賢者も天下を取ることはなかった。」
    → 徳があっても天命がなければ、王にならない。

4. 用語解説

  • 不肖(ふしょう):徳や才能がないこと。親に似ず、継ぐに値しない。
  • 相(あいたる):補佐すること。政治の実務を担う立場。
  • 承繼(しょうけい):伝統や道を受け継ぐこと。
  • 匹夫(ひっぷ):一般民間人。位や地位のない者。
  • 薦(すすめる):上位者に人を推挙すること。
  • 仲尼(ちゅうじ):孔子のこと。
  • 桀(けつ)・紂(ちゅう):暴君の代名詞。夏と殷の末代王。
  • 伊尹・周公:ともに王を補佐した聖人・宰相格の人物だが、王位には就いていない。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子は説く:

堯の子・丹朱も、舜の子も不肖であり、王位を継ぐ資格はなかった。
一方で、舜は堯に、禹は舜に長年仕え、民に恩を施した。ゆえに彼らは天命を受けた。

禹の子・啓は父の道をよく継いだので王になったが、益は仕えた年数が短く、まだ民の信頼を得るには至らなかった。

王位の継承は、個人の才覚ではなく「天」によって決まる。
天は言葉では語らず、事実で示す。為そうとせずとも為されるのが「天」、
努力しても得られないが、時が来れば訪れるのが「命」。

だからこそ、徳のある者でも時が合わなければ天下を得ることはできない。孔子が王とならなかったのもそのためである。

逆に、王位を世襲した者であっても、徳を失えば天に見放される。桀や紂のように。
ゆえに、伊尹・周公・益といった賢者は天下を得ることなく、名宰相として身を引いたのである。


6. 解釈と現代的意義

孟子がここで示しているのは、**「王権は徳により、時により、天命によってのみ成立する」**という徹底した正統思想です。

  • 徳があっても、「時」や「命」がなければ王にはなれない(孔子、伊尹、益)。
  • 血統があっても、徳がなければ王位は与えられない(丹朱、舜の子)。
  • 一介の市井の人でも、徳と天命があれば天下を得る(舜・禹)。

この論理は、儒教の“徳治主義”の根本でもあり、現代のリーダーシップ論にも通じる原理です。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • 「ポジションは“実力×時流×推薦”の結果」
     役職や経営の後継者は、単なる実力だけではなく、“その時の状況”“推薦者の信頼”が揃って初めて成立する。
  • 「実力者でも時が来なければトップになれない」
     孔子のように優れた人物でも、時代がそれを許さなければ頂点に立つことはない。それでも“為すべきこと”を為すのが本物のリーダー。
  • 「不肖に継がせれば、組織は滅びる」
     桀・紂のような者がトップに立てば、組織は崩壊する。血縁や形式より“人格”が最優先。
  • 「推薦は重要な責任」
     天子が徳ある者を推薦することで天命が始まる。現代でも、人を推薦することは“誰を後継に託すか”という責任ある行為である。

8. ビジネス用の心得タイトル

「時・徳・信任──三つが揃って初めて“継承”は成立する」


『萬章』の締めくくりにふさわしく、孟子は「王権とは何か」「継承の本質とは何か」を明快に語りました。
この思想は、現代の組織・企業・社会におけるリーダー選定と継承戦略にも示唆に富みます。

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