孟子は、人間の本性が善であることを知り、その心を尽くして日々向上していくことこそが天命を全うする道だと説いた。心を尽くすとは、惻隠(人を思いやる心)、羞悪(恥ずかしいことを避ける心)、辞譲(譲る心)、是非(善悪を見極める心)の四端の心を大切に育て、無理なくその本性を守りながら生きることを指す。人間は命に限りがあるが、命の長短に惑わされることなく、心を尽くして修養に努め、天命を待つ姿勢こそが、真に天命を全うすることにつながる。
「孟子曰(いわ)く、盡(つく)其(その)心(こころ)者は、知(し)其(その)性(せい)なり。知(し)其(その)性(せい)則ち天(てん)を知(し)る。存(たも)つ其(その)心(こころ)、其(その)性(せい)を養(やしな)うは、天(てん)に事(つか)うる所以(ゆえん)なり。殀(よう)寿(しょう)不(ふ)弐(に)わず。身(み)を修(おさ)めて以(も)て之(これ)を俟(ま)つは、命(めい)を立(た)つる所以なり。」
解説:
- 心を尽くす(心を尽くすとは):日々、四端の心を大切にし、心の本性を育むこと。吉田松陰は「自分の心いっぱい、その限界までを行い尽すことである」と解説している。
- 惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端:人間の心に備わる、思いやり、恥ずかしさを避ける感情、譲り合う心、善悪を判断する力。これらの心を育むことで、人は真に自分の本性を知り、天命に仕える。
- 天命を待つ:心を尽くして修養に努めることが、天命を全うすることにつながる。
- 殀寿:命の長さや短さにこだわらず、むしろ心を尽くすことに集中すべきであること。
『孟子』 〈尽心章句〉より
1. 原文
孟子曰、盡其心者、知其性也。知其性、則知天矣。存其心、養其性、以事天也。殀壽不貳、修身以俟之、所以立命也。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、其(そ)の心(こころ)を尽(つ)くす者は、其の性(せい)を知(し)るなり。其の性を知れば、則(すなわ)ち天(てん)を知る。其の心を存(そん)し、其の性を養(やしな)うは、天に事(つか)うる所以(ゆえん)なり。殀寿(ようじゅ)貳(ふた)わず、身(み)を修(おさ)めて以(もっ)て之(これ)を俟(ま)つは、命(めい)を立(た)つる所以なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「孟子曰、盡其心者、知其性也」
→ 孟子は言った。「自分の心を尽くす者は、自らの本性を理解しているのである。」 - 「知其性、則知天矣」
→ 「本性を知れば、天(自然の理・宇宙の原理)を理解することができる。」 - 「存其心、養其性、以事天也」
→ 「心をしっかり保ち、その性(本性)を養うことは、天に仕えるということだ。」 - 「殀壽不貳、修身以俟之、所以立命也」
→ 「短命か長寿かにこだわらず、身を修めて天命を静かに待つこと──それが“命を立つ”ということなのだ。」
4. 用語解説
- 盡其心(その心を尽くす):誠実に思考・感情・判断を使い切ること。主観的努力の極致。
- 知其性(その性を知る):「性」は本性・本質。人間に備わる善の源泉。
- 天:天命・自然の理法・絶対的な存在(道、神とも通ず)。
- 存心・養性:「心を保つ」「性を養う」ことは自己を誠実に保ち、本性を実現する努力。
- 殀壽(ようじゅ):短命と長寿。
- 不貳(ふたわず):どちらにも心を二つにしない。こだわらない。
- 修身(しゅうしん):身を修めること。内面的・道徳的修養。
- 俟(ま)つ:静かに待つ。受け入れる。
- 立命(りつめい):天命を悟り、それに従い生きる態度を確立すること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言った:
「自分の心を誠実に尽くす者は、自分自身の本性を知っている人である。本性を知れば、自然の道理=“天”を理解することができる。
心を正しく保ち、本性を養うということは、すなわち天に仕えて生きることなのだ。
寿命が長かろうが短かろうが、それに心を揺らすことなく、自己修養に努めて静かに天命を待つ──それこそが、天命に従って生きるという“命を立てる”道である。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子思想の核とも言える「性善説」と「天命観」を端的に表したものです。
- 「尽心」=人間の主体的努力と誠意
人はその“心”を尽くすことにより、自らの本来の善性を理解でき、それは宇宙の法(=天)とつながっているという認識に至ります。 - 「知性」から「知天」へ
「人を知る」ことは「宇宙・道理を知る」ことにつながる。小我から大我への拡張を促す教え。 - 「命を立つ」とは運命に流されることではなく、自ら天命に目覚めて従うこと
人生における長短、損得、成否といった「結果」に心を乱されず、内面を修め、泰然として生きる態度こそが「立命」。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「尽心」とは、自己のポテンシャルを誠実に発揮すること
- 上司や顧客の期待ではなく、自分の本心・本質を問う姿勢がリーダーシップの出発点。
- 自らの資質や強み(性)を最大限に理解し、活かすことが組織貢献の本質。
「知天」は、市場や社会の原理を感得する力
- 本性を通じて普遍的価値を知る=時代や環境に惑わされず、長期的ビジョンに従う姿勢。
- トレンドではなく「本質」に目を向ける戦略的思考。
「殀壽不貳」は、結果に過剰に依存しないマインドセット
- 売上やKPIに一喜一憂せず、成果よりも原理に従った行動の継続を重視。
- 評価に惑わされず、自律的な修養により“仕事道”を全うする。
8. ビジネス用の心得タイトル
「心を尽くして天に任せる──真のプロフェッショナリズムは“立命”にあり」
この章句は、孟子思想のエッセンスである「誠実な自己修養」と「普遍への洞察」「運命を超える生き方」を同時に教えてくれるものです。
ビジネスでも人生でも、深い“内省力”と“原理への信頼”が持続可能な成長と貢献を導く鍵となるでしょう。
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