孟子は、天下の盛衰はすべて「仁」と「不仁」によって決まると説く。
夏・殷・周の三代が天下を治めたのは、君主たちが仁政を行ったからであり、失ったのは桀王・紂王・幽王・厲王のような不仁による暴政のゆえである。
それは国家にも個人にも同様にあてはまる。
- 天子が不仁であれば、天下(四海)を保てない。
- 諸侯が不仁であれば、その国家(社稷)を保てない。
- 卿や大夫が不仁であれば、その家(宗廟)を保てない。
- 士や庶民が不仁であれば、自身の身体(四体)すら守れない。
それにもかかわらず、人は死や滅亡を嫌いながら、不仁を好み、平然と不義を行う。
これはまるで「酔いたくない」と言いながら、自ら進んで酒をあおるようなものだ。
滅びたくないのなら、まず仁に立ち返れ。孟子のこの比喩は、滑稽に見えて鋭く人心を射る。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
三代(さんだい)の天下(てんか)を得(え)るや、仁(じん)を以(もっ)てし、
其(そ)の天下を失(うしな)うや、不仁(ふじん)を以てす。
国(くに)の廃興存亡(はいこうそんぼう)する所以(ゆえん)の者(もの)も、亦(また)然(しか)り。
天子(てんし)不仁なれば、四海(しかい)を保(たも)たず。
諸侯(しょこう)不仁なれば、社稷(しゃしょく)を保たず。
卿大夫(けいたいふ)不仁なれば、宗廟(そうびょう)を保たず。
士庶人(ししょじん)不仁なれば、四体(したい)を保たず。
今(いま)、死(し)を悪(にく)んで、而(しか)も不仁を楽しむは、是(これ)猶(なお)お酔(よ)うことを悪んで、而も酒(さけ)を強(すす)うるがごとし。
注釈
- 三代(さんだい):夏・殷・周の三王朝。徳ある君主が治めたとされる理想の時代。
- 四海(しかい):四方の海、すなわち天下全体を象徴。
- 社稷(しゃしょく):「社」は土地の神、「稷」は穀物の神。国家の安定を意味する。
- 宗廟(そうびょう):祖先をまつる廟。家の継続・存続の象徴。
- 四体(したい):人の四肢・身体全体。生存そのものを意味する。
- 酒を強うる(すすうる):嫌がりながらも自ら喜んで酒を飲むさま。ここでは不仁を好む人間の矛盾した態度のたとえ。
原文
孟子曰、三代之得天下也以仁、其失天下也以不仁。國之所以廢興存亡者亦然。
天子不仁、不保四海。諸侯不仁、不保社稷。卿大夫不仁、不保宗廟。士庶人不仁、不保四體。
今、惡死而樂不仁、是猶惡醉而强酒。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、三代の天下を得るや仁を以(もっ)てし、其(そ)の天下を失うや不仁を以てす。
国の廃(はい)・興(こう)・存(そん)・亡(ぼう)する所以(ゆえん)の者も、亦(また)然(しか)り。
天子(てんし)不仁なれば、四海(しかい)を保(たも)たず。
諸侯(しょこう)不仁なれば、社稷(しゃしょく)を保たず。
卿大夫(けいたいふ)不仁なれば、宗廟(そうびょう)を保たず。
士庶人(ししょじん)不仁なれば、四体(したい)を保たず。
今、死(し)を悪(にく)んで而(しか)も不仁を楽しむは、是(これ)猶(なお)酔(よ)うことを悪んで而も酒を強(すす)むるがごとし。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:「夏・殷・周の三代が天下を得たのは、“仁”によってである。失ったのは“不仁”によってである。」
- 国家が栄え、衰え、存続し、滅びる理由もまた、これと同じである。
- 天子が不仁であれば、天下(四海)を保てない。
- 諸侯が不仁であれば、国の守り神(社稷)を保てない。
- 卿大夫(上級官僚)が不仁であれば、祖先の祭祀(宗廟)すら守れない。
- 士庶人(庶民)であっても、不仁であれば、自分の身体(四体)すら守れない。
- 今、「死ぬのは嫌だ」と言いながら、「不仁」を好むのは、まるで「酔うのが嫌だ」と言いながら「酒を無理に飲む」ようなものである。
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
三代(さんだい) | 夏・殷・周の三王朝。儒教において理想の王政とされる。 |
仁・不仁 | 仁:思いやりと道徳的善。不仁:その反対。冷酷・非道。 |
四海 | 天下、全国。中国の四方の海で囲まれた全体=世界。 |
社稷(しゃしょく) | 土地と穀物の神。国家の象徴・根幹。 |
宗廟(そうびょう) | 祖先を祀る場所。家系の精神的中心。 |
四体(したい) | 人間の身体(四肢)を表す。命のこと。 |
強酒(きょうしゅ) | 無理に酒をすすめること。強いて酒を飲む。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
夏・殷・周という三代の王朝が天下を手にしたのは「仁」の徳によってであり、
それを失ったのは「不仁」――つまり、思いやりや道徳を欠いたからである。
国家の盛衰・存亡も同じく「仁」と「不仁」で決まる。
最上位の天子であれ、不仁であれば天下を維持できない。
諸侯であれ、不仁であれば国の精神的柱である社稷を守れない。
上級官僚であれ、不仁であれば祖先の祭祀すら保てない。
庶民であれ、不仁であれば、自らの身体すら守れず破滅する。
つまり、死ぬのは嫌だと言いながら、不仁のままでいることは、
酔うのが嫌だと言いながら無理に酒を飲むのと同じで、言行不一致で愚かなことだ。
解釈と現代的意義
この章句は、社会全体における「仁の価値」を根幹から説いたものです。
1. “仁”こそが組織・国家・人間の基礎
- 上に立つ者だけでなく、庶民でさえも、仁を欠けば自らの命も守れない。
- 「仁=人を思う道徳的実践」が崩れれば、社会全体が瓦解する。
2. 因果応報の明示:仁あれば興り、不仁あれば滅ぶ
- これは単なる理想論ではなく、孟子にとっての歴史法則。
- 天下の興廃も、人の死活も、すべて“徳”の有無に依存する。
3. 行動と願望の一致
- 「死ぬのが怖い」などと言いながら「不仁を楽しむ」とは自己矛盾である。
- 自分の願いと行動とを一致させることこそが「仁」の第一歩。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 「仁」がなければ、地位・組織・命すら守れない
- トップマネジメントが思いやりや倫理を欠けば、企業は崩壊する。
- 現場リーダーが不正や非道を見逃せば、信頼は失われ、社員や顧客が離れる。
- 一社員でも、利己的な行動をとり続ければ、自分のポジションやキャリアは守れない。
2. 会社の持続可能性は「仁」の有無にかかっている
- 組織文化が温かく、人を思いやるものであれば、人も資源も自然に集まる。
- 逆に、利益や成果だけを重視して“人”を軽視すれば、いつか崩壊は避けられない。
3. “自己矛盾”を戒めよ
- 「尊敬されたい」「安全に働きたい」と願いながら、他人を軽んじたり責任を回避するような行為は自己矛盾。
- 行動と価値観・願望を一致させることが、持続的成長の鍵。
ビジネス用心得タイトル
「仁なき経営は自滅を招く──言行一致が信頼と成長を守る」
この章句は、現代の企業経営・組織設計・リーダー育成において最も根本的な「徳と結果の因果関係」を示しています。
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