孔子は、音楽をただの娯楽ではなく、人間の心の在り方や社会の理想を映し出すものと見ていた。
魯(ろ)の宮廷音楽長官に向かって語ったのは、音楽の構造と、その精神性である。
まず演奏の始まりには「翕如(きゅうじょ)」――全ての音がひとつに揃って生まれるようであり、
続いて「純如(じゅんじょ)」――それぞれの音が調和を保ちつつ、
さらに「皦如(こうじょ)」――音色が透明に際立ち、
最後に「繹如(えきじょ)」――流れるように連なり続ける。
この過程は、まるで秩序だった社会や政治の理想像のようであり、
人の心の安定と美しさもまた、調和の中にこそ宿るという教えである。
「楽(がく)は其(そ)れ知(し)るべきなり。始(はじ)め作(な)すや翕如(きゅうじょ)たり。之(これ)に従(したが)うこと純如(じゅんじょ)たり、皦如(こうじょ)たり、繹如(えきじょ)たり。以(もっ)て成(な)る」
調和とは、ただ揃うことではない。響き合い、活かし合い、続いていく――音楽の道は、そのまま人の道である。
※注:
- 「大師(たいし)」…魯国の宮廷楽官の長。音楽制度を司る職位。
- 「翕如(きゅうじょ)」…息を合わせるように一斉に音が立ち上がるさま。
- 「純如(じゅんじょ)」…音が澄み、調和し、乱れないさま。
- 「皦如(こうじょ)」…明るく清らかで、音の個性が際立つさま。
- 「繹如(えきじょ)」…絶え間なく、流れ続けるさま。
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