孟子は、徳行や知恵、技術、才智に優れた人物は、ほとんどが困難や災難といった苦しみの中から生まれてくると語った。逆境に置かれた者は、その環境に対応するために深く考え、心を込めて行動することが求められる。特に、君から疎まれている臣下や庶子(妾腹の子)たちは、その心持ちが安らかでないため、逆境においても深く思案し、自然と成長していく。だからこそ、彼らは知恵を深め、努力を重ね、物事を上達させることができるのである。
「孟子曰(もうし)く、人の、徳・慧・術・知有る者は、恒に疢疾に存す。独り孤臣・庶子のみ、其の心を操るや危うく、其の患いを慮るや深し。故に達す」
「徳行、知恵、技術、才智に優れた者は、常に困難の中に身を置く。君から疎まれている臣や庶子は、心を操ることが難しく、その悩みや困難を深く考えるからこそ、物事に上達する」
逆境や困難は、物事を深く考えさせ、成長を促進する貴重な経験となる。困難に直面した時こそ、力を発揮し、前進するチャンスである。
※注:
「徳・慧・術・知」…徳行、知恵、技術、才智の四つの長所。
「疢疾」…災難や困難。
「孤臣」…君主から疎まれている臣。
「庶子」…妾腹の子。
「心を操る」…心の持ち方、思考の深さ。
「達す」…物事に上達する、成長する。
『孟子』 告子章句(下)より
1. 原文(補足済)
孟子曰、人之有德・慧・術・知者、恒存乎疢疾。獨孤臣孽子、其操心也危、其慮患也深、故能成也。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、人の徳(とく)・慧(けい)・術(じゅつ)・知(ち)有る者は、恒(つね)に疢疾(しんしつ)に存(そん)す。独(ひと)り孤臣(こしん)・孽子(げっし)のみ、其の心を操(と)るや危(あや)うく、其の患(うれ)いを慮(おもんばか)るや深(ふか)し。故(ゆえ)に能(よ)く成(な)るなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「人之有德・慧・術・知者、恒存乎疢疾」
→ 徳や知恵、技術、判断力を備える人間は、常に病や苦しみの中に身を置いている。 - 「獨孤臣孽子、其操心也危、其慮患也深」
→ 特に孤立した家臣や冷遇された子どもは、心の持ちようが不安定で、災いへの備えも深い。 - 「故能成也」
→ だからこそ、彼らは(逆境を乗り越えて)成就することができるのだ。
4. 用語解説
- 德(とく):人格的な徳性。
- 慧(けい):知恵・理解力。
- 術(じゅつ):技術・処世術・手腕。
- 知(ち):知識・知見。
- 疢疾(しんしつ):病気・困苦・苦境。ここでは精神的・社会的困難の比喩。
- 孤臣(こしん):主君に疎まれ孤立した家臣。
- 孽子(げっし):正室以外の出身などで冷遇された子。境遇に恵まれない人物の代表。
- 操心(そうしん):心のあり方。自己制御・意志のこと。
- 慮患(りょかん):先を見通し災いを警戒する慎重な姿勢。
- 成(なる):成功・大成すること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「人格や知恵、技術、知識を備えた人物は、常に困難や苦しみの中に身を置いている。
とりわけ、孤立した家臣や冷遇された子どもは、心を保つのに苦労し、常に災難を警戒している。
だからこそ、そうした人々が大きく成長し、物事を成し遂げることができるのだ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「逆境が人をつくる」**という孟子の極めて現実的かつ希望を含んだ人間観を端的に示しています。
- 苦しみの中にこそ、人格と能力は育つ
恵まれた環境よりも、心を鍛えねば生きていけない状況が、人を強く、深く成長させる。 - 孤立・不遇・不安定な境遇が、成功への導火線になる
“孤臣”“孽子”とは、今でいう異端・非主流・逆境の人材。しかし彼らの「心を操る苦しみ」が、やがて人間力に転化する。 - 深く考え、慎重に動くことが“成功”の本質
表面的な才能ではなく、「考え抜いた苦悩と準備」が人を完成させる。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「逆境人材」を見直せ──変革力と耐性を秘めた存在
- 組織の主流にいない人、遠回りしてきた人、不遇の経験がある人には、“慎重さ”と“粘り強さ”が宿っている。
- 「疢疾に存す」=安穏な環境では磨かれない“芯の強さ”がある。
「悩むリーダー」は、成長するリーダー
- 常に葛藤しながら進む姿勢こそ、成功への最短ルート。
- 楽観よりも慎重、スピードよりも熟慮が、リーダーシップの根幹となる。
キャリアは“回り道”が正解であることもある
- 若い頃に苦労した、異分野から転職してきた…そうした経歴の持ち主は、自己制御と問題解決力に優れることが多い。
- 表面的な経歴よりも、「どれだけ“心を操ったか”“患いを慮ったか”」が成長の指標となる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「逆境こそ人を成す──苦しむ者が大きくなる」
この章句は、困難・孤立・不遇といった一見“マイナス”に見える経験こそが、人格・判断力・本物の力を育む最良の土壌であることを示しています。
孟子の言葉は、「今まさに悩んでいる人」「孤独の中で闘っている人」への深い励ましであり、リーダーや育成者にとっても、目の前の“光りにくい原石”を見抜く知恵となるでしょう。
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