孟子は、聖人孔子でさえ、理解されない環境にあっては苦境に立たされたことを語り、人物の大きさと時運の関係性を示している。
孔子が陳と蔡の間に滞在していたとき、糧食が尽き、従者たちも倒れるほどの苦難に見舞われた。
その理由を孟子は、「上下の交わりがなかったからだ」と断じる。つまり、その国の君主も家臣も、孔子のような人物と心を通わせるだけの徳も器もなかったということである。
ここで孟子は、どれほどの「君子(=徳ある人物)」であっても、時と人に恵まれなければ、理想は実現されないことを示している。
それはまた、自分自身(孟子)を理解し、用いてくれる明君を得られないもどかしさの表明でもあると読める。
孟子は、人物の真価は周囲によっても問われるという現実に言及しながら、同時に「人を知る力」「人を用いる眼」を持つ者の存在の重要性を説いている。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)曰(いわ)く、君子(くんし)の陳(ちん)・蔡(さい)の間(あいだ)に戹(くる)しむは、上下(じょうげ)の交(まじ)わり無(な)ければなり」
注釈
- 君子(くんし)…ここでは孔子。高い徳と志を持った理想的人格者。
- 陳・蔡(ちん・さい)…春秋戦国時代の小国。孔子が一時滞在し、困窮した土地。
- 戹する(くるしむ)…深刻な災難・困難に遭うこと。
- 上下の交わり無き…君主と臣下の間に徳をもって人と交わる姿勢がなかったこと。聖人を理解できる人物がいなかった。
1. 原文
孟子曰、君子之戹於陳・蔡之閒、無上下之交也。
2. 書き下し文
孟子(もうし)曰(いわ)く、君子(くんし)の陳(ちん)・蔡(さい)の間(かん)に戹(くる)しむは、上下(じょうげ)の交(まじ)わり無(な)ければなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 君子之戹於陳・蔡之閒
→ 君子が陳と蔡の間で苦境に陥ったことは、 - 無上下之交也
→ 上下の(=目上の者と目下の者の)信頼関係・交流がなかったからである。
4. 用語解説
- 君子(くんし):徳を持ち、礼と義を重んじる理想的人物。ここでは孟子自身あるいは孔子のような人物を含意する。
- 陳・蔡(ちん・さい):古代中国の小国。孔子が放浪中に立ち寄ったが、政治的混乱や無理解によって困難に遭遇した地として知られる。
- 戹する(くるしむ):困窮する、難儀する、追い詰められること。
- 上下の交わり(じょうげのまじわり):支配者(上)と民(下)との健全な関係、または礼と信に基づく相互理解と尊重の関係。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「君子がかつて陳と蔡の間で困窮したのは、そこに支配者と民、上と下との間に礼と信に基づく交流がなかったからである。」
6. 解釈と現代的意義
この章句では、孟子が政治的秩序や社会の健全性は「上下の交わり」によって成り立つと述べています。
つまり、君子(=徳ある人間)が苦しむ社会とは、支配する者とされる者の間に信頼や敬意が失われた状態であり、そうした社会では正しい者が排除され、誤った者が栄えるという歪んだ構造が生じるのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「信頼と交流のない組織では、優れた人材も力を発揮できない」
- リーダー(上)とメンバー(下)の関係が断絶している組織では、いかに優秀な人材(=君子)がいても、排除されたり埋もれたりしてしまう。
- 相互理解・対話・敬意がなければ、健全な意思疎通ができず、組織全体が崩壊へと向かう。
「“上下の交わり”があってこそ組織文化が育つ」
- 上司は部下を理解し、育てようとし、部下は上司に信を寄せて従う──このような縦の信頼の繋がりが、文化としての組織を形づくる。
「意見を言えない組織は“陳・蔡の国”になる」
- 上司に意見を言えず、部下が顔色をうかがい、誰も本音を言わない状態は、まさにこの章の言う「上下の交わりがない」状態。
- それはやがて、徳ある者が辞め、組織が劣化していく温床となる。
8. ビジネス用心得タイトル
「上と下の信があってこそ、人は育ち、組織は動く──“交わりなき場”に人は根付かず」
この章句は、信頼関係の欠如がいかに組織・社会を機能不全に陥れるかを示した孟子の鋭い警句です。
「どんなに優秀な人材も、信頼と交流のない場では力を発揮できない」──そのことを、現代のリーダーこそ肝に銘じるべきです。
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