孟子は、舜が父母に結婚を告げずに妻を迎えた理由を、人としての「大倫(たいりん)=根本的な道徳」に照らして語った。
親への敬いはもちろん大切だが、それによって人生の本質的な営み(結婚)を妨げ、かえって親を怨むようになるならば、本末転倒である。
舜も帝堯も、親に告げれば結婚が叶わなくなると知りつつ、それを告げなかった。
それは決して軽んじたのではなく、「より大きな道」に従った選択だったのである。
原文と読み下し
萬章(ばんしょう)問(と)うて曰(いわ)く、詩(し)に云(い)わく、「妻(つま)を娶(めと)るには之(これ)を如何(いか)にせん。必(かなら)ず父母(ふぼ)に告(つ)ぐ」と。
斯(こ)の言(げん)を信(しん)ずれば、宜(よろ)しく舜(しゅん)の如(ごと)くなること莫(な)かるべし。
舜の告げずして娶るは、何ぞや。
孟子(もうし)曰く、告ぐれば則(すなわ)ち娶ることを得(え)ず。
男女(だんじょ)室(しつ)に居(お)るは、人の大倫(たいりん)なり。
如(も)し告げれば則ち人の大倫を廃(はい)し、以(もっ)て父母を懟(うら)みん。
是(こ)れを以て告げざるなり。萬章曰く、舜の告げずして娶るは、則ち吾れ既(すで)に命(めい)を聞くことを得たり。
帝(てい)の舜に妻わして告げざるは、何ぞや。
曰く、帝も亦(また)告ぐれば則ち妻わすことを得ざるを知ればなり。
解釈と要点
- 『詩経』の道徳的理想に反するように見える舜の行動も、孟子にとっては「大倫=人の本分」を守る行為だった。
- 結婚は人としての根本的な営みであり、それを阻まれることで親を怨むような関係になることこそ避けるべきだと孟子は説く。
- 舜も帝堯も、結果として親に告げなかったのは、**「より善を成すための沈黙」**だった。
- ここに孟子の倫理は、儒教的な「形式より実を取る」側面を示している。
- ただし、後世の儒者(吉田松陰など)からは、「これは孟子の最大の誤り」と批判されるなど、議論を呼ぶ一節でもある。
注釈
- 大倫(たいりん):人間として守るべき根本的な道理。ここでは「結婚し、家庭を持つこと」。
- 懟(うら)みん:親に対して怨みの心を抱くことになる、という意味。孟子は親子関係の「破綻」を憂慮している。
- 詩経:古代中国の詩集。儒教道徳の源流として引用されることが多い。
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