宴もたけなわ、音楽や歌で場が最高潮に達しているとき――
そこで自ら静かに衣の裾を払って、潔くその場を去る人物がいる。
まるで断崖絶壁の上を手放しで歩くような見事な身のこなし。達人とは、こういう人を言うのだろう。
一方で、すでに時は深夜。宴はとうに終わっているのに、
なおふらふらと夜道をさまよい、立ち去ろうとしない者がいる。
その姿はまるで、自らを苦しみの海へと沈めていくようで、見るに忍びない。
時と場の“引き際”を知ること――
それは人生の達人だけが持つ、静かで潔い美しさである。
原文とふりがな付き引用
笙歌(しょうか)正(まさ)に濃(こま)やかなる処(ところ)、便(すなわ)ち自(みずか)ら衣(ころも)を払(はら)って長(なが)く往(さ)る。
達人(たつじん)の手(て)を懸崕(けんがい)に撒(はな)つるを羨(うらや)む。
更漏(こうろう)已(すで)に残(のこ)る時(とき)、猶然(なお)夜(よ)行(ゆ)きて休(やす)まず。
俗士(ぞくし)、身(み)を苦海(くかい)に沈(しず)むるを咲(わら)う。
注釈
- 笙歌(しょうか)正に濃やかなる処:宴会が最高潮に達した場面。笙という楽器と歌の音が響きわたる盛り上がり。
- 衣を払って長く往く:自ら身じまいを整え、その場を後にする。潔い引き際。
- 懸崕(けんがい):絶壁。非常に危険で繊細な場所の比喩。タイミングを見極める難しさを象徴。
- 撒手(さっしゅ):手を放す。ここでは未練を残さず場を離れること。
- 更漏(こうろう):時刻のこと。古代中国では水時計で時間を計った。
- 猶然(ゆうぜん):ふらふらと、だらしなく。
- 苦海(くかい):苦しみの海。仏教的な表現で、煩悩や執着に溺れていく様子。
1. 原文
笙歌正濃處、便自拂衣長往、羨達人撒手懸崕。更漏已殘時、猶然夜行不休、笑俗士沈身苦海。
2. 書き下し文
笙歌(しょうか)正(まさ)に濃(こま)やかなる処、便(すなわ)ち自(みずか)ら衣(ころも)を払(はら)って長(とこ)しえに往(ゆ)く。
達人(たつじん)の手(て)を懸崕(けんがい)に撒(ま)くを羨(うらや)む。
更漏(こうろう)已(すで)に残(のこ)る時、猶然(なおしか)も夜行(やこう)して休(やす)まず。
俗士(ぞくし)の身(み)を苦海(くかい)に沈(しず)むるを咲(わら)う。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「笙や歌が最もにぎやかな時に、自ら静かに衣を払い、その場を去る」
→ 浮かれた場に心を奪われず、潔く離れて自分の道を行く。 - 「人生を達観した賢者が、断崖の上から手を離して執着を捨てる姿を、羨ましく思う」
→ 全てを投げ打って自由になることに憧れる。 - 「夜が更け、時の鐘(更漏)が尽きようとしている時にも、なお歩みを止めず旅を続ける」
→ 限界を迎えても立ち止まらず、真理を求めて前進し続ける姿。 - 「世間の人々が欲望に沈んで苦しんでいるのを、静かに笑う」
→ 俗人は欲に沈み、真の自由を知らない。それを見て微笑む静かな覚者の眼差し。
4. 用語解説
- 笙歌(しょうか):音楽や歌。ここでは宴会や浮かれ騒ぎを指す。
- 拂衣(ふつい):衣を払って立ち去る。執着を断ち、潔く場を離れること。
- 懸崕(けんがい):断崖絶壁。命やすべてを預けるような極限の場所。
- 撒手(さっしゅ):手を放す。執着や恐れを断ち切ることの象徴。
- 更漏(こうろう):夜の時刻を告げる水時計の音。夜の更けた時間帯を示す。
- 猶然(ゆうぜん)/猶お然り:それでもなお、の意。
- 苦海(くかい):仏教語。欲や執着に苦しむこの世の比喩。
- 俗士(ぞくし):俗世に埋もれた人、名利にとらわれた一般人。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
宴席が最も盛り上がるとき、私は静かに衣を払って、その場を去る。
何もかも捨てて断崖から飛び立つ達人の姿を、羨ましく思う。
夜が明けきる頃になっても、私は歩みを止めず、真理を求めて夜道を進み続ける。
その一方で、俗世の人々が欲望の海に身を沈め、もがいている姿を、私は静かに笑って眺めている。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「孤高にして自由な生き方」**を美徳とする、東洋的な超越思想の表現です。
- にぎやかさの中でひとり離れる勇気
- すべてを手放す覚悟
- 疲れても歩みを止めない精神
- 欲に溺れた人々を冷静に見つめる静かな視線
これは、道家や禅の「無執着」「離欲」「静中真意」の精神に深く通じています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 成功や祝祭の中で、あえて身を引く勇気
絶頂期に「離れる」判断ができる者こそ、真に自律したリーダー。
✅ すべてを手放す=自由になる
地位・評価・所有を「握る」のでなく「放す」ことで、本当の選択肢が見えてくる。
✅ 深夜でも歩き続ける姿勢=粘りと覚悟
理想や信念に向かって、孤独に、でも静かに歩みを続ける人間こそが道を拓く。
✅ 浮かれた組織を冷静に見抜く目
騒がしさに酔わず、「そこに真があるか?」を見極められる沈着な判断力が求められる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「騒ぎを離れて静かに進め──離欲と歩みが真の道をつくる」
この章句は、経営判断の引き際、リーダーシップの孤独、長期的信念と内省の力を扱うテーマでの研修やセミナーにも活用可能です。
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