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引き際は盛んなときに、施しは見返りを求めずに

職を辞するなら、惜しまれるほど全盛のときがよい。そうすれば潔さが際立ち、後味も美しい。
また、身を置く場所は、人と競う必要のない、誰も行きたがらないような静かなところが望ましい。
徳を大切にするなら、ほんの些細なことにも慎み深くあらねばならず、
恩を施すなら、恩返しを期待できない人にこそ施すべきである。

見返りや評価を求めず、控えめに、慎ましく生きる姿勢こそ、真に尊い。
本当に価値ある行いは、誰にも気づかれない場面でこそ試される。
この条は、退き際の美学と、無償の行為の尊さを私たちに静かに語りかけてくる。


原文(ふりがな付き)

「事(こと)を謝(しゃ)するは、当(まさ)に正盛(せいせい)の時(とき)に謝(しゃ)すべし。
身(み)を居(お)くは、宜(よろ)しく独後(どくご)の地(ち)に居(お)くべし。
徳(とく)を謹(つつし)むは、須(すべか)らく至微(しび)の事(こと)を謹(つつし)むべし。
恩(おん)を施(ほどこ)すは、務(つと)めて報(むく)いざるの人(ひと)に施(ほどこ)せ。」


注釈

  • 謝する(しゃする):辞職・退任すること。
  • 正盛の時(せいせいのとき):最も充実して評価されている時期。
  • 独後の地(どくごのち):人の訪れぬ、争いのない静かな地位や場所。
  • 至微の事(しびのこと):ごくごく小さな事柄。見落とされがちな振る舞い。
  • 報いざる人:見返りを期待できない人。恩を「返せない」立場の人。

パーマリンク候補(英語スラッグ)

  • graceful-exit(美しい退き際)
  • virtue-in-silence(静けさに宿る徳)
  • give-without-return(見返りを求めずに与える)
  • power-of-subtlety(細部に宿る力)

この条はとくに、現代のビジネスや人間関係にも通じる「引き際」「立ち位置」「慎み」「無償の善意」といった要素を含んでおり、味わい深い教えとなっています。

1. 原文

謝事、當謝於正盛之時。
居身、宜居於獨後之地。
謹德、須謹於至微之事。
施恩、務施於不報之人。


2. 書き下し文

事(こと)を謝(しゃ)するは、当に正盛(せいせい)の時に謝すべし。
身(み)を居(お)くは、宜(よろ)しく独後(どくご)の地に居くべし。
徳(とく)を謹(つつし)むは、須(すべか)らく至微(しび)の事を謹むべし。
恩(おん)を施(ほどこ)すは、務(つと)めて報(むく)いざるの人に施せ。


3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)

  • 「事を謝するは、当に正盛の時に謝すべし」
     → 物事を退くときは、最も盛んな時にこそ潔く辞するべきである。
  • 「身を居くは、宜しく独後の地に居くべし」
     → 自分の立場は、皆が前に出る中で、あえて後ろに控える場所にあるのがよい。
  • 「徳を謹むは、須らく至微の事を謹むべし」
     → 人格や徳を大切にするならば、最も些細な言動にこそ注意を払うべきである。
  • 「恩を施すは、務めて報いざるの人に施せ」
     → 恩を施すときは、見返りを期待できない相手にこそ心を込めて行うべきである。

4. 用語解説

  • 謝する(しゃする):辞する、身を引く、引退するの意。
  • 正盛の時(せいせいのとき):最も栄えている時、絶頂期。全盛期。
  • 独後の地(どくごのち):人の後ろにあって独り控える立場。目立たず謙虚なポジション。
  • 至微(しび):ごくごく小さいこと、微細なこと。ふとした仕草や表情など。
  • 謹む(つつしむ):大切にして軽んじない。慎重に振る舞うこと。
  • 施す(ほどこす):与える、援助する。
  • 報いざる人(むくいざるひと):恩を返せない、返す意思のない人。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

引き際は、自分が一番輝いているときにこそ選ぶべきである。
自分の居場所は、表に出ず、静かに後ろで控える立場を選ぶのがふさわしい。
徳を高めたいならば、ほんの小さな言動にこそ、最も注意深くあらねばならない。
恩を施すときには、返礼を期待できない相手にこそ、真心を尽くして与えるべきである。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「人生における潔さ」「立ち居振る舞いの美」「徳の本質」「無償の行為」の4つをテーマにしています。

  1. 引き際の美学:真に潔い人物は、成功の絶頂で静かに身を引く勇気を持つ。
  2. 謙虚な姿勢:他人より目立たず、控えめにいることで人徳が育まれる。
  3. 細部への配慮:人間性は大きな場面よりも、小さなふるまいに最もよく現れる。
  4. 見返りを求めない慈悲:真の恩恵とは、損得勘定なく与える行為にこそ宿る。

こうした態度が、長期的に見て最も深い信頼や評価につながると『菜根譚』は教えています。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

●「成功の絶頂でバトンを渡す覚悟」

  • プロジェクトやポジションを、最も評価されている時に次へ譲ることが、継承の美学。
  • 引き際が見苦しいと、それまでの実績すら色あせる。

●「リーダーは一歩下がることで信頼を得る」

  • 自分が目立つより、部下やメンバーが活躍できる場を作ることが本当の支援。
  • 会議で発言を譲る、評価を他人に回す、陰のサポートに徹するなど。

●「信頼される人は、小さな振る舞いを大切にする」

  • 時間を守る、メールの言葉遣い、挨拶の丁寧さ──こうした“至微の事”が人間性を示す。

●「無償の支援が組織の文化を育てる」

  • 成果や評価を目的とせず、困っている人に手を差し伸べる行為が、組織全体の風土を変える。
  • ボランタリーな支援活動、恩を返せない立場の人(下請け、顧客、見習いなど)への配慮こそ本質。

8. ビジネス用の心得タイトル

「去るは華やかなるときに、立つは一歩うしろに──行いは細部に、恩は見返りなく」


この章句は、**「人としての美学と徳の実践」**を、非常に具体的な行動レベルで示してくれる珠玉の教えです。

能力や成果に満ちた人物が、さらに一歩上を目指すならば、このような慎み深く、無私の生き方こそが、その真価を輝かせます。

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