― 財を奪うより、人心を得よ ―
孟子は、民の心を得る政治について次のように説いた。
- 人材登用:賢を尊び、能を用いる
君主が賢者を尊び、有能な人物を実際に政治の場に就かせれば、
天下の士(し)、すなわち有志ある知識人・人材は皆悦び、その朝廷に仕えたいと願うようになる。 - 商業政策:市場に負担をかけない
市場では――
- 店舗使用料(廛税)は取っても、商品への課税を行わない、
- あるいは法令だけ整備して店の税すら取らない――
このようにすれば、天下の商人たちは喜んで商品をこの市場に集めるようになる。
- 関所政策:関税を免除し、通行を円滑に
関所では人や物の検査(譏)はしても、通行税などの負担は課さないようにすれば、
天下の旅人や運搬業者たちは、進んでこの国の道を通りたいと願う。 - 農政:公田のみを税とし、私田に課税しない
農民については、周代の井田法のように――
- 公田からの収穫のみを税とし、
- 私的に耕す田には課税しない――
このようにすれば、農民たちは喜んでこの国の土地を耕したいと願う。
- 住宅政策:特別な付加税(夫布・里布)を課さない
住民に対しては、家屋への特別な付加税を課さなければ、
他国から人が喜んで移り住み、その国の民(氓)となりたいと願うようになる。
孟子は、**「仁政は具体的な制度と実行によって示されるべきだ」**と考えており、
重税や不公平な登用によっては、民は離れていくという現実を直視していた。
政治の目的は、民を支配することではなく、民に選ばれ、喜ばれ、支持される存在になることである――。
この思想は、儒家における「王道政治」の実践的指針である。
原文(ふりがな付き引用)
「孟子(もうし)曰(い)わく、
賢(けん)を尊(たっと)び能(のう)を使(つか)い、俊傑(しゅんけつ)位(くらい)に在(あ)れば、
則(すなわ)ち天下(てんか)の士(し)、皆(みな)悦(よろこ)びて其(そ)の朝(ちょう)に立(た)たんことを願(ねが)わん。市(いち)は廛(てん)して征(ぜい)せず、法(ほう)して廛せざれば、
則ち天下の商(しょう)、皆悦びて其の市に蔵(お)さばことを願わん。関(せき)は譏(き)して征せざれば、
則ち天下の旅(りょ)、皆悦びて其の路(みち)に出(い)でんことを願わん。耕(たがや)す者は助(じょ)して税(ぜい)せざれば、
則ち天下の農(のう)、皆悦びて其の野に耕さんことを願わん。廛に夫里(ふり)の布(ふ)無(な)ければ、
則ち天下の民(たみ)、皆悦びて之(これ)が氓(ぼう)と為(な)らんことを願わん。」
注釈(簡潔版)
- 俊傑:優れた才能ある人物。君主が信任すべき官僚・人材。
- 廛(てん):文中では、前半は「店舗」、後半は「住宅」の意味。
- 譏(き):人や物の通行に関する検査。
- 助(じょ):井田法における「公田の共同耕作」。その収穫のみを税とする制度。
- 夫里の布:特別な人夫税・地税。住民に対する付加的課税。
- 氓(ぼう):移民。他国から移り住んできた民。
パーマリンク(英語スラッグ案)
govern-lightly-tax-fairly
(軽く治め、公平に課税せよ)winning-the-people-through-policy
(政策で民心を得よ)less-tax-more-trust
(税を減らせば信が集まる)
この章は、孟子の理想とする「王道政治」が、抽象的な徳目だけでなく、制度設計によって具体化されるべきだという現実主義を示しています。
税を軽くし、人を正しく登用することこそ、民の幸福と国家の安定につながるという考え方は、現代においてもなお示唆に富みます。
1. 原文
孟子曰、
賢使能、俊傑在位、則天下之士、皆悅而願立於其朝矣。
市廛而不征、法而不廛、則天下之商、皆悅而願藏於其市矣。
關譏而不征、則天下之旅、皆悅而願出於其路矣。
耕者助而不稅、則天下之農、皆悅而願耕於其野矣。
廛無夫里之布、則天下之民、皆悅而願為之氓矣。
2. 書き下し文
孟子曰く、
賢を使い能を用い、俊傑(しゅんけつ)位に在らば、則ち天下の士、皆悦びて其の朝に立たんことを願わん。
市は廛して征せず、法して廛せざれば、則ち天下の商、皆悦びて其の市に蔵せんことを願わん。
関は譏して征せざれば、則ち天下の旅人、皆悦びて其の路に出でんことを願わん。
耕す者を助けて税せざらば、則ち天下の農夫、皆悦びて其の野に耕さんことを願わん。
廛に夫里の布無ければ、則ち天下の民、皆悦びてこれが氓(ぼう)とならんことを願わん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「孟子は言った。賢人を登用し、有能な者を役職につける。そうすれば、各地の志ある士たちは、その政府で働くことを望むようになる。」
- 「市場では商人が自由に商売でき、過度な税がなく、法律も商人に不利でなければ、各地の商人たちはそこで財を保管し商いをしたいと願うようになる。」
- 「関所で過度な取り締まりがなく不当な徴税がなければ、全国の旅人たちはその道を通りたいと願うようになる。」
- 「農民が助けを得られて重税を課されなければ、全国の農夫はその土地で喜んで耕作しようと願うようになる。」
- 「定住者に労役(夫里の布)を強制しなければ、全国の庶民はその国の民になりたいと願うようになる。」
4. 用語解説
- 賢・能・俊傑:道徳的に優れ(賢)、技術的にも有能な人物(能)、その両方を兼ね備える人物(俊傑)。
- 士(し):志ある知識層、役人や士人。
- 市廛(しせん):市=市場、廛=店舗・屋台などの商人。
- 征(せい):ここでは課税の意味。
- 法而不廛:法律で不当に商人を締めつけない。
- 関譏(かんき):関所でのチェックや課税。
- 助(じょ):支援、特に労力や資材の供給。
- 夫里の布(ふりのほ):定期的に科せられる労役。
- 氓(ぼう):人民、国民の意。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう説く:
「もし、賢者を役人に起用し、優れた人材を要職に置けば、全国の士(志ある人)はその政府で仕えたいと思うようになる。
また、市場において不当な課税や規制がなければ、商人たちは喜んでその土地に店を構えようとする。
旅人に対しても関所での過剰な検問や賦税がなければ、皆がその道を選ぶようになるだろう。
さらに、農民が重税に苦しまず、必要な支援が受けられるなら、進んで耕作を望むようになる。
そして、住民に過酷な労役を課さなければ、誰もがその国の民になりたいと願うであろう。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「善政による民心の自然な帰順」**を説いたもので、孟子思想の中核でもある「仁政」の実践例です。
- 「惹きつける政治」:力で支配するのではなく、制度・政策によって人々に“選ばれる”国家を目指す。
- 「自由と公正」:不当な課税や束縛がなければ、人々は自然と集まり、経済も発展する。
- 「人材登用の重要性」:賢く正しい者が上に立ち、能力ある者が職務を担う社会は、信頼と誇りを生む。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「よい組織には人が集まる」
・能力ある人材が活躍でき、正しく評価される環境には、自然と優秀な人が集まってくる。
・過度なルールや不当な評価は、優れた人材の流出を招く。
「商売は自由と公正が命」
・法や規制が不透明で不公平な環境では、取引も定着しない。自由で公正な市場が最も活発である。
「信頼される制度づくりが組織を強くする」
・農民や旅人の比喩は、現代で言えば「現場社員」や「外部パートナー」。
制度の負担が少なく、支援が厚ければ、彼らも自然と参加し続ける。
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳ある仕組みが人と富を呼び寄せる」
この章句は、「支配」ではなく「共感と信頼による統治」こそが本質であると強調しています。
ビジネスにおいても、人・物・金・情報が自然と集まる仕組みは、組織の価値そのものを高めていくのです。
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