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“サット”とは、善なる目的と、そこへ至る行為そのもの

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■引用原文(日本語訳)

「そして、祭祀と苦行と布施における〔窮極の〕境地が『サット』と言われる。また、それのための行為も『サット』と呼ばれる。」
――『バガヴァッド・ギーター』第17章 第27節


■逐語訳

祭祀(ヤッニャ)、苦行(タパス)、布施(ダーナ)という
霊的行為の最終的な完成・目的(パリシャマーパナム)は「サット」と呼ばれ、
また、これらの目的に向かって行われるあらゆる行為もまた、「サット」と呼ばれる。


■用語解説

  • サット(SAT):真実、善、実在を表す語。ここでは、精神的に完成された行為の「境地」と、その「過程」をともに意味する。
  • 祭祀(ヤッニャ):神への供犠、感謝の行為。自己超越的な行為の象徴。
  • 苦行(タパス):身体・言葉・心を制御し、清らかに保つための努力・修行。
  • 布施(ダーナ):執着を捨てて他者に与える行為。思いやりと奉仕の精神の実践。
  • 窮極の境地(パリシャマーパナム):行為の究極的完成、またはそこに至る精神的な完成状態。
  • “それ”のための行為:サット的目的(善・真・実在)を目指して行う全ての努力・実践。

■全体の現代語訳(まとめ)

祭祀・苦行・布施といった行為が、
真理・善・実在に向かって完成されたとき、
その境地は「サット」と呼ばれる。
また、そうした目的に向かって行う一つひとつの努力や実践もまた、
すでに「サット」であると認められる。


■解釈と現代的意義

この節は、「善き目的だけでなく、その過程における行為すらも“サット”である」という深い思想を語っています。
つまり、「目的が立派ならばよい」ということではなく、そこに至るプロセス、心がけ、方法――
そのすべてが純粋であることが大切であり、“目的と過程の一致”こそが真の価値であると説かれているのです。
現代においても、目的主義ではなく「プロセスの清らかさ・誠実さ」を重んじる態度は、
信頼・信用・持続可能性に直結する極めて重要な視点です。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
プロセスの重要性結果だけを追わず、途中の努力・判断・姿勢が正しいかどうかが、最終的な信頼や評価を決める。
ミッションと手段の一致社会貢献を掲げる企業が、過程で人を搾取していては意味がない。行為の一つひとつも「サット」である必要がある。
仕事の質と成長成果よりも「どれだけ誠実にプロセスに向き合ったか」が、社員の成長や企業文化の基盤を築く。
リーダーシップの倫理目的達成のためなら何をしてもよいという考えは危うい。正道を踏んでこそ、信頼される指導者になれる。

■心得まとめ

「目的も過程も、ともに“サット”であれ」
祭祀・苦行・布施の完成された境地はもちろん、
その境地を目指すすべての努力と行為もまた、神聖で価値あるものである。
ビジネスでも、目的を尊く掲げるならば、その道筋もまた誠実であるべきであり、
“手段が目的を裏切らぬ道”を歩むことこそが、真の成功と信頼を生む。

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